伝えよう、君に。
自信過剰かもしれない、自惚れかもしれない。

でもそんなことはない。そう信じられる。
相手はクラピカだ。オレが誰よりも愛してる、大好きなクラピカだ。

ありったけの力で、誰よりも幸せにしてみせるから――
その自信をくれたのも、クラピカだ。






未来






幸せにしてやるから、だから、オレと一生一緒にいてくれと。
クラピカとそう約束した。――夢の中で。

目が覚めると、いつもどおりの近い天井。
隣には、気持ち良さそうに眠るクラピカの姿。透き通る肌。細い髪の毛。
彼女をこうして実感するたびに、嬉しくて胸が痛くなる。
――ああ、幸せだ、と。

一生一緒にいたいと、愛されたいと、そばにいたいと思った。
なによりも愛しい彼女を、守り続けていきたいと思う気持ちは、ずっと変わらないから。

まだ重たいまぶたを瞬かせて、クラピカは目を覚ました。
定まらない視界の中にオレを見つけて、嬉しそうに微笑んだ。
なんだかたまらなくなって、優しく抱きしめる。

シャツ越しの体温が温かい。柔らかい肌が心地いい。本当に――どうにもならないくらいに、愛してる。

「・・・なぁ、クラピカ」
「・・・なんだ?」
「今日、一緒にどっか行こうぜ」

幸せにしたいと
強く思った。願った。



・・・・・



朝から空は雲ひとつなくて、気持ちがいい晴天だった。
まるで空の上の神様が、オレたちに気を遣ってくれているような、そんな天気。
あたたかいコーヒーを飲んで、トーストをかじって、外へ出かけた。

「今から何処に行くんだ?」
「ヒミツ」
クラピカの手を取って、ゆっくり歩き出した。

今日は日曜日ということもあって、駅のホームは家族連れやカップルの姿が目立っていた。
オレたちは周囲の目からどんな風に映っているのだろう。
『恋人』『兄妹』『友達』。ゴンとキルアも一緒にいたら、『家族』なんていうのも、アリかもしれない。
それはそれで、複雑だ。

鈍行の切符を2枚買って、ゆっくり走る電車の気の向くままに。
「切符を拝見させて頂きます。・・・おや、お客様、観光でございますか?」
にっこり微笑んで、その年老いた車掌は言った。

「まぁ・・・そんなもんです」
頭をかいて、曖昧な返事を返す。

「この辺は有名な観光地が多いですからね。
日帰りでも十分楽しめるところがたくさんありますよ。それでは、良い旅を・・・」
深く頭を下げ、その紳士的な車掌は微笑んだ。


・・・見覚えのあるこの笑顔。
しかし、いくら記憶の糸をたぐっても、鮮明に思い出すことが出来ない。
車掌の優しい心遣いに感謝して、切符を受け取った。



「・・・・すごい」
まるで初めて電車に乗る幼い子供のように身を乗り出して、クラピカはずっと車窓から外を眺めている。
窓の向こうにあるのは見渡す限りの真っ青な海。

「さて、じゃあ次で降りるぞ。危ないから窓閉めろ。今から嫌って言うほど見るんだからな」
「・・・そうか」

クラピカは一言そう言って、静かに窓を閉めた。
その横顔にはうっすら微笑が浮かび上がっていて。

「そういえばここ最近海とか山とか全然行ってないよな」
「そうだな」
「・・・嬉しい?」
「・・・別に」


生まれも育ちもルクソの山奥であるクラピカ。自然が恋しくなって当然だ。
息苦しい都会の空気は、クラピカにとっては苦痛でしかない。

「顔が嬉しいって言ってる」
「う、うるさい!」
「ほら、降りるぞ」
オレはくすくす笑いながら、クラピカの手を引いて列車を降りる。

「子供じゃないんだから手なんか繋がなくても迷子にはならない」
クラピカはそう言って繋いだ手を離した。さっきまでは、あんなにしっかり繋ぎあっていたのに。
ちょっとだけ、怒ったように顔を桜色に染めて。人が見てるから、なんて、クラピカらしい言い訳。


「さっきから視線を感じる」と、クラピカはオレに訴えてきた。そんなのオレだってわかってるよ。
「おまえが可愛いから飢えた狼が狙ってんだよ。ほら、手」
差し出したオレの右手に、クラピカは一瞬戸惑ったが、
「そんなにナンパされたいのかよ?・・・例えばここで一人で歩いてて、
いきなり変な男が現れておまえを攫ってくってこともあるだろ?」
というオレの冗談じみた言葉にクラピカは呆れた顔をしながらも、すぐにぎゅっとオレの手を握り締めた。

「・・・ホームを出るまでだぞ」
「はいはい」

ぶっきらぼうにそう呟いたクラピカの顔は、拗ねた幼い少女のようで、思わず吹き出してしまった。
・・・もちろん、怒られた。表情だけは正直なんだよな、クラピカは。

握ったクラピカの左手は、いつもより温かかった。




















どうしたら、もっと素直になれるだろう。

好きなのに、好きだって言えない。嬉しいのに、上手くありがとうって言えない。
いつだって可愛くない返事をしてしまう。

せめて、ちゃんと笑えていただろうか。
いつだって、胸が張り裂けるくらいに想っているのに。




「・・・綺麗なところだな」
駅から1時間歩いて行き着いたのは、誰もいない春の海。
ちらりと後ろを振り向くと、歩いてきた二人分の足跡がくっきり浜辺に残っている。
海岸線をずっと二人で、手を繋いで歩いている。

レオリオが少しだけ、先を行く。
もうすぐ日が暮れる。真っ赤な夕日が海に反射して、海の向こうを幻想的な世界に作り上げていた。

「駅を出たら離すっていっただろう」
いつまでも繋ぎあっている互いの手を見つめながらそう言った私に
「おまえが波にさらわれたら困るから」とレオリオは振り向かずにそう言った。
馬鹿者。・・・だったら何故、海にしたんだ。

ただ黙って、ずっと海岸を歩いていた。レオリオは何も言ってくれない。確かなのは、この手だけ。
ふと、レオリオが立ち止まった。
振り返って、私の両肩に優しく手を置いた。その感触に、どこか安心した。

「・・・クラピカ、3秒だけでいいから目閉じてくれ」
いきなり何を言い出すかと思えば。――いつもの笑顔で。

・・・言いたいことはたくさんある。今、ここで。
でも今は、あえて何も言わないことにしておく。そのほうがいいと思った。
静かに、そっと瞳を閉じた。




夜が来て、目を閉じるのが怖かった。待っているのは漆黒の闇の世界。
永遠に出ることが出来ない闇の世界。・・・真っ暗だった。
何度も何度も目が覚めて、朝までずっと目を閉じれなかった。
眠ったら、もう二度と光が見えないような気がしたから。逃げられない。

隣に誰もいないのが怖かった。
寂しくてたまらなかった。そんなときは、薄い冷たい毛布を抱きしめた。
けれど、抱きしめ返してはくれなかった。そんな生活をずっと送ってきた。

もちろん寂しいわけでもなく、悲しいわけでもない。
私は強い目的が
意思があって生きてきたのだから。

でも
それでも

誰も私の名前を呼んではくれなかった。優しかった母も。大好きだった父も。
目を開けても、一人だった。
それは
紛れも無い事実。

一人だった。




「そのままだぞ?・・・・・1、」
ふわりと香る甘い香水の匂いも、肩の上の大きな手の温もりも、
「2、」
視覚を失ってしまっていても、他の全ての感覚で感じ取れる。
「3」

目を開けたら、いつものようにレオリオは笑っていてくれるだろうか。

真っ暗で・・・一人きりじゃないだろうか。
それがたまらなく不安で、泣きたくなる。

復讐を終えたときも、仲間の眼を取り戻したときも――





「クラピカ、開けていいぞ」

愛しげに私の名前を呼んでくれる、心地いい低い声。大好きな声。
その、声がした。いつものように、優しく名前を呼んでくれた。
拳をぎゅっと握り締めて、ゆっくり、ゆっくり目を開けた。






目の前に差し出されたのは、一輪の淡い小さな花。真っ白な花びらの甘い香りが鼻をくすぐる。
文献でも見たことがない、不思議な花だった。

「・・・これさ、オレの故郷にだけ咲いてる花なんだ。
まぁ、オレの知識不足で名前はわかんねーんだけどな。・・・でも、綺麗だろ?」

「・・・・・・・・じゃあ、ここは・・・」
「そ。オレの生まれ故郷」




・・・・・なぁ、オレの地元ってすげー海が綺麗なんだぜ。
料理も美味いしな。そうだ、今度二人で一緒に行こうぜ!
それにな、そこだけにしか咲かない花っていうのがあってさ。
それで、その花の花言葉が・・・



「永遠の愛」




いつだったか・・・レオリオは照れ臭そうに頭をかきながら、そんなことを言っていた。
そのときは適当に流していたけれど、その言葉だけは、しっかり耳に焼き付いていた。
忘れられなかった。
その言葉を
私に向けて言ってくれているのかと
愚かすぎる期待をした自分をすぐに戒めた。


でも
今は?

こうして
私に――


「・・なに、泣いてんだよ」
「・・・・え?」
瞳から頬を伝わって、無意識に温かい涙が零れ落ちていた。

「何で・・」
何で勝手に涙が出てくるんだ。悲しい訳でもない。寂しい訳でもない。
それなのに、溢れ出る涙は止まらない。・・・涙の訳が、わからない。

「おまえに泣かれたら、オレ、どうしようもないだろ」
レオリオは大きい手で私の濡れた頬を拭いてくれた。

「な・・・泣いてなんかない!」
これほど矛盾した発言は、自分でも馬鹿馬鹿しいと思う。
それでも、否定せざるを得なかった。

「そう怒るなって。・・この花、どういうときに使うか知ってるか?」
私はただ黙って小さく首を振った。



「プロポーズするときに相手に渡す花。オレと・・・結婚してくれ」



気恥ずかしいほどに、真剣に見つめてくる真っ直ぐな瞳。
逸らしたくても逸らせない。ただ、その優しい瞳を見つめるしかなかった。

思考回路が混乱してしまうほど、驚いて・・・それ以上に、純粋に、
嬉しかった。
この気持ちをどう表せばいいのだろう?

今、私はどんな表情をしているだろうか。
きっと、自分でも恥ずかしくなるくらいに真っ赤で、間の抜けた顔をしているに違いない。
きっと、涙で顔はぐしゃぐしゃで、とても人に見せられるような顔じゃない。



でもきっと
笑えてると思う。

「・・・ほら、また泣いてる。泣き虫」
おまえのせいだ。バカ。










嬉しい。嬉しいけど。
でも

「私には・・・そんな資格、無い」
このまま幸せになっていいだなんて、思えない。

「・・・何で?」
静かに、優しくレオリオは口を開いた。

「私の犯した罪が・・・許される事だなんて思っていない。
人を殺めたこんな汚れた手で・・・おまえに触れる資格なんて、ないのだよ。
このまま幸せになるなんて・・・出来ない」

過去を捨てられる訳でも、忌わしい記憶を消すことも出来ない。
このまま一緒になったら、レオリオまで汚してしまう。
そんなこと・・・絶対にいやだ。


「おまえは、汚れてなんかいないだろ?」
レオリオが、私のすっかり冷え切った手を力強く握り締める。

「おまえは、誰よりも綺麗だよ」
・・・温かい。

「・・・過去は過去だろ?それでも自分を許せないのは分かってる。
でもな、誰にだって幸せになる権利くらい持ってるんだぜ?
おまえはもう充分すぎるくらい苦しんだじゃねぇか。
例え神様が許さなくても、オレが絶対に幸せにしてやるから。
おまえがイヤだって言っても、絶対おまえの傍を離れないから。
・・・言っとくけど、オレ、結構しつこいんだからな」

どこまでも、能天気な男だ。そんな自信満々に笑って。
「オレはおまえを幸せにするために生まれてきたんだから」
最後には、こんな恥ずかしいことを真顔で言う。呆れてものも言えない。

「過去も未来も全部ひっくるめて・・・
オレの全てを賭けておまえを愛してみせるから」
ほら
またそんなことを。

それでも、私はこの男に賭けてみたかった。私の全てを。

「これ、受け取ってくれるか?」
レオリオは改めてその小さな花を私に差し出した。
「・・・ああ」

「その花、おまえにそっくりだよな。白くて綺麗で可愛くて」
「そんなお世辞言っても何も出ないぞ」

「お世辞じゃねぇよ。オレの素直な気持ち。・・・そうだ、これでお前は人妻なんだからな。
オレの目の届かないところで変な男に引っかかるんじゃねーぞ」

「気が早いな、まだ婚姻届も出していないというのに。
・・・心配するな、おまえ以外の男なんて目もくれないから」
・・・本当だからな。

「・なんだよ、おまえのほうこそ気が早いじゃねーか」
二人で顔を見合わせて小さく笑った。

涙はとっくに枯れ果てて、乾いた目が痛かった。
こんなに愛されて
こんなに大切にされて
本当に嬉しかったから
幸せだったから

「おまえはオレの宝物だよ」
頭をかきながら照れ臭そうに言うレオリオのその最後の言葉が
嬉しかった。


「嬉しい」

小さな声で、呟いた。
”帰ろう”そう言って二人で来た道を歩いている最中だった。

でも、波の音でかき消されてしまった。
それほどに、小さな声。

「オレも」

私の手をそっと握って、レオリオは答えてくれた。

ちゃんと、聞こえていた。
私の、声。
今の、気持ち。

ありがとう





























「切符を・・・・おや、これは大変失礼いたしました」
「いや、大丈夫。ぐっすり寝てるから」

帰りの電車も、ゆっくりゆっくり走っている。昼間と同じ年老いた車掌が、
オレの肩に寄りかかって眠っているクラピカに気を遣って、小声で対応してくれた。

「この車両はお客様たちだけですから、ご安心してお休みになって下さい。
・・・今夜は星が綺麗ですね。・・・・・・おや?」

車掌は、クラピカの手にしっかりと握られている小さな白い花を見て、
全てを察したかのように優しく微笑んだ。

「どうやら今日はとてもよい一日をお過ごしになられたようですね。
彼女の幸せそうな寝顔と、その花を見ればすぐ分かる。
そんな二人に、私からささやかながら小さなプレゼントを贈らせていただいてもよろしいですか?」

「え?・・・ああ」
突然のことだったので、オレは一瞬戸惑ったがすぐに返事を返した。

「この帽子をよくご覧下さい」
そういって車掌は自身がかぶっていた帽子をさっと取った。
空だった帽子の中から車掌が取り出したのは、2本の小さな桃色の花。

「こちらは彼女に、こちらはあなたに。
もうそろそろ終点です。ご乗車、ありがとうございました」

車掌のその言葉に、窓の外を見ると、景色は見慣れたいつもの街だった。
クラピカを起こして列車を降りる間際、車掌は笑顔を絶やさずにこう言った。

「この花の花言葉、ご存知ですか?」
「・・・いや」
「『結婚・婚約の贈り物』。・・・どうぞ、お幸せに」

オレたちの姿が見えなくなるまで、車掌はずっと優しく微笑んで
小さく手を振ってくれていた。

―――思い出した。
あの声、あの笑顔・・・
5年前に突然姿を消した、ヨークシンの天才マジシャン。
「・・・今日はツイてるな」
クラピカに聞こえないように、小さくつぶやいた。


「・・・レオリオ、今日は・・・ありがとう。この花も、大切にする」
クラピカは白い小さな花を見つめながら、嬉しそうにはにかんだ。

その笑顔を
オレはずっと守っていく。

幸せになろう
たくさん抱き合って
笑い合って
愛し合って

2人で。




「つづれ織り」のプロポーズ話の元。
お蔵入りにしようと思いましたが、せっかくなのでアップしました。
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