「レオリオ・・・・・・・何だこれは」
「え?・・・・・・・・・・・・あ!何だコレ!?ち、違う誤解だ!」


いつもそばにいれるわけじゃないから
どんな些細なことも気になってしまう
いつだって、不安なんだ・・・












「レオリオ、これは一体どういうことだっ!!」
「だからこれは誤解だって・・っ」
レオリオの胸倉を掴んで、クラピカは怒っていた。
鬼のような形相で、怒っていた。

怒った顔も、かわいいよな・・・なんてのんきなことを言ってる場合じゃなく、本当に怖いのだ。
真剣なその緋色の目が、全てを見透かしているようで――
だからといって、自分は何もやましことを隠しているわけではないのだが・・・



ことの起こりは10分前。
夫の帰りを笑顔で迎えたクラピカは、彼を一目見るなり、大きな瞳をつり上げて声を張り上げた。
「・・・・・っレオリオの浮気者っっ!!」
それと同時に手が出てしまって、現在も彼の左頬にはくっきりと手形が残っている。

何が何だか分からず、自分の体を改めて見直してみると
彼の真っ白なワイシャツの襟元には、真っ赤な口紅の痕が――


そして、今に至る。
「だーかーらー!帰りは満員電車で丁度オレの前にいた女のがついたんだって!
だいいちこれが浮気の証拠ならもっと目立たないところにつけるだろ!?」

レオリオは必死に主張する。玄関口で叩かれて、未だに部屋の中へ入れない。
さっきから何回も同じことを繰り返し言っている。

彼の言うことは筋が通っている。
クラピカも、頭ではそれを理解していた。
しているつもりだった。

だが、こうして「女」のあとを残して帰ってきたことは紛れも無い事実。
だからこそ、こうして怒っているのだ。
いつもいつも、不安でたまらないから。

「〜っうるさい!」
今度は左手を振り上げるクラピカに、レオリオは反射的に目を瞑る。

「――っ、・・・・・・・・・?」
だが、叩かれた頬の感触も、あるはずの痛みも、全く無い。
代わりにあったのは、ぽすんと力なくレオリオの胸に顔を埋めるクラピカで――

肩を微かに震わせている彼女の顔をのぞこうと、
レオリオはそっとその小さな肩を抱いて、腰をかがめる。
「・・・クラピカ」

クラピカは、泣いていた。
鮮やかな緋色に染まった大きな瞳からとめどなく流れる涙を拭おうともせずに
いつもは絶対に「泣いてなんかいない」そう言って必死になって顔を隠すのに――

「・・・そばにいないだけで不安なのに・・・こんなものまでつけて帰ってきたら
もっと不安になるじゃないか・・・・・っ」

どこで何をしているかなんて
知ることは出来ないから。
笑顔で帰ってきて、抱きしめてくれればそれでいい。
いつだって、私だけを見ていてほしいのに――
でも、そんなことを言えるはずもなく。

「・・・ゴメン」
今更出来ることといえば
こうやって抱きしめてやることだけ。
「・・・俺が悪かった」

「・・・許さない」
クラピカは濡れた頬を乱暴に袖で拭うと、
レオリオのネクタイを力ずくで引っ張り寄せる。
「っ!?・・・」

目いっぱい背伸びをして、彼の首筋に無理矢理に薄い唇を押し当てる。
「・・・・・・・もう・・・こんなに不安にさせるな」
驚きを隠せないといった表情のレオリオを突き放して、クラピカは俯く。
「・・・ばか・・・」

小さく呟くと、レオリオを残して、一人で部屋の奥へ行ってしまった。
「・・・・・・・・・・マジ?」

あんなに怒っているクラピカは初めてだった。
あんなに本気で泣いているクラピカは初めてだった。

それは全て自分のせいで
やきもちを妬いてくれているってことで――

そう思うと、いてもたってもいられなくなった。
クラピカがこんなにも俺を想っていてくれたことが
死ぬほど嬉しくて。

「待てよ、クラピカ!」

レオリオは急いで靴を脱ぎ捨てて、クラピカの元へ走る。
狭い家の小さなリビングに一歩入れば、見慣れた温かい雰囲気。

彼はネクタイを緩めながら、ソファに埋もれているクラピカにゆっくりと歩み寄る。
「・・・クラピカ、こっち向けって」
「・・・・・・・・・・・やだ」

子供のような返事を返すクラピカの上に覆いかぶさるように、レオリオもソファに身を預ける。
「どうすれば許してくれる?」
「・・・・・・・どいてくれ」
目の前の大きな体を両手で払いのける。
――そんな抵抗は全く無駄だと知ってはいたが。

「あーそりゃ無理だ」
「じゃあ許さない」

「それも困る」
クラピカの両手を手馴れた様子で頭上に押さえつけ、細い首筋に唇の痕を残していく。
「・・・・・っ、これだから男は・・・」
「お前にも、変な虫がつかないようにしてやるから」

「では・・・お願いしようかな」
「お願いされちゃう?」

レオリオのそのおどけた口調に、クラピカはくすくす笑う。
やっと笑った。

そんな彼女に、優しくキスをする。
「・・・ゴメンな」

そう、呟いて――



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