大きな溜息をつく。
決していい気分ではない。
自分も相手も。

いつも気をつけているのに
今回ばかりは
溜息をつかずにいられなかった。




溜息




「全く・・・医者の不養生とは正にこのことだな、レオリオ」

ぐったりとソファに埋もれているレオリオの額に手を当てて、
クラピカは大きな瞳をいつになくつりあげて、少し乱暴に言い放った。
「お前は生身の人間なんだ。いくらハンターといえども
あんな人間離れしたスケジュールをこなせる訳がないだろう」

クラピカの口調は淡々と、それでいて何処か投げやりだった。
「あ〜お前の手冷たくて気持ちいいー」
自分の額の上のクラピカの右手に、更に自分の熱を帯びた左手をそっと重ねる。

「氷嚢の方がずっと冷たいぞ」
クラピカはそっけなく手を振り解く。
彼の額に代わりに置かれたのは、自分を(一応)心配してくれている
愛しい彼女の小さい手ではなく、
冷たく凍った大きな氷嚢―――。

「あ〜ダメだ、俺、お前の手じゃなくちゃ熱下がんねーよ・・」
「馬鹿なことを言ってないで早く薬を飲め。」

口はいつもの減らず口だが、少し赤い顔と何処かやつれた顔。
彼の疲労が手に取るように分かるのだから、
それだけにクラピカの心配と不安は更に大きくなる。

熱を出すのは当たり前。大学病院の研修医であるレオリオの、
ここ一ヶ月のスケジュールは、正に多忙そのものだったのだから。
クラピカが待つ小さなアパートに帰る暇もないほどの連日泊り込み。
研修医としての慣れない仕事。重なるストレス。極度の疲労―――。

自分の体調管理など、二の次だった。
何日も続く不規則な生活に、遂にレオリオの体はダウンした。

「あーあ・・・まさかこれくらいのことでバテちまうとはな・・・
体力には自信あったんだけどな〜」
「それ以前の問題だろう。今日は幸い日曜日だし・・・休ませてもらえ。今日はおとなしくしているのだよ」
クラピカはいつになく厳しい表情をして、薬と水をレオリオに差し出した。

「・・いや、今日は大事な講習があるんだよ・・・日曜だろうが熱だろうが俺は行くぜ・・・」
ずっしりと重かろうまぶたを必死に瞬かせながら、レオリオはソファから体を起こす。
「馬鹿者!!こんな体で何が出来る。こんな病人同然の研修医に居てもらっては、
病院側もさぞかし迷惑だろうな」
クラピカは語調を強めて、レオリオを押し倒すように再びソファに座らせた。

「とにかく今日は薬を飲んで、安静にしていろ。いいな?」
「・・・あ〜はいはい。今日のクラピカちゃんはいつになくおっかねぇな・・・」


「・・・・・・・・・人にあれほど無茶をするなと言っておきながら、なんなのだその態度は。
自分の体の管理もろくにできないなんて、先が思いやられる」

言葉と一緒に大きな溜息をつく。

「・・・なんだよ、なんでおまえがそんなに怒るんだよ」


レオリオの口調が変わる。
いつものクラピカなら、言い過ぎたと後悔するのだが。

「当たり前だ!!おまえは人の事ばっかり考えて、自分のことなんてちっとも・・・」


声を荒げたせいか
大きな声を出したせいか

なぜだろう


涙が頬をつたって流れてくる。



「どれほど心配したって・・・私はいつも傍にいれないし・・・
実際にこうして無理をして体をこわして、おまえ、そんなに私を困らせたいのか!?」



心配なのだ。
一番大切な相手だからこそ。
なにかあってからじゃそれこそ手遅れだ。

クラピカは、心配の仕方がわからない。
だからこうしてイライラが表に出てしまう。

そして結局気持ちなんて伝わらず、いつも喧嘩になる。



その悪循環だった。
どうして
どうしてうまく伝わらないのか。




「・・・言わせてもらうけどな」
クラピカはもう、何もいえない。
下を向いて、涙をこらえるしかない。

「おまえの方がオレよりよっぽど無茶してんだぞ?
いつものオレの気持ち、少しはわかりやがれ。
――まぁ、今回はオレもちょっと無茶しすぎたかもな。
・・・ごめんな」



ソファに横になったまま、腕を伸ばして涙で濡れた頬を大きな手で撫でられて
目が合って、優しく微笑んでくれて


どうしてこんなに優しい?
どうして私はこんなにどうしようもないくらいに愚かなのか?



「・・・すまない。おまえも・・・ずっとこんな気持ちだったのか?」
私を待つ間
こんなに胸が張り裂けそうな気持ちだったのだろうか。
私の仕事はやはり危険を伴うものだから
レオリオの心配も
今の私以上だったんだろうか――

だとしたら
私がそんな思いをさせていたのなら――・・・。




「まぁいいさ。こうして元気でいてくれてんだから・・・」
そのまま抱き寄せられて、耳元に小さくキスをされる。


「すまない・・・私も・・・もう、絶対に無茶なことはしない・・・」
抱きしめ返す。出来るだけ強く、気持ちが全身で伝えられるように。

「そっか。わかってくれたかー。体を張った甲斐があったぜ・・・。
こうでもしないと、おまえ、頑固だからわかってくんねーと思った」


もう少し
大人になろう
レオリオにこれ以上余計な心配はかけられない
かけたくない
負担になりたくないから。


もう私の命は
私だけのものじゃない。
大切にしないといけない。自分自身を。
傷つける訳にはいかない。


「おまえになにかあったら・・・オレ、生きていけないから」


今は、胸を張ってそう思える。


とりあえず今は
レオリオの看病をつきっきりでしてあげよう。
今の私の
精一杯の愛情表現。



自分はいくら無理をしても大丈夫だけど、相手が傷ついたりするのが我慢できない。お互い。
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