だからオレはおまえが好きなんだ。




ダブルベッド




カリカリカリ。
さきほどから聞こえてくるのは不規則なペンを滑らせる音ばかり。
時々ピタッとその音が止まって、レオリオはガシガシと頭をかいて、うーんと唸る。
そして再びペンを動かす・・・。


ここはレオリオの寝室。
時刻は深夜1時。

真っ暗な部屋の中で、小さな明かりをつけてレオリオは机に向かっている。
その後ろのダブルベッドで、クラピカはそんなレオリオの大きな背中をずっと見ていた。

夕飯も食べず、かれこれ4時間以上このままなのだ。
さすがに心配で、「早く寝たほうがいいぞ」と声をかけたいのだが――

邪魔をしたくなかったから。
せめてこうして後ろから見守っている。
しかし日々の疲れから、クラピカ自身も眠くなってくる。
あくびをかみ殺して再びレオリオに目をやると、さっきまでペンを絶えず動かしていたレオリオの右腕がピタリと止まっている。

(・・・?)

クラピカは不思議に思い、ベッドから出てできるだけそっとレオリオに近づく。
聞こえてきた静かな寝息。
顔を覗き込むと、そのまま寝入っていた。

なんとも器用な。

(・・・しょうがないな)
クラピカは小さく笑って、レオリオの背中にあたたかい毛布をかけてやる。
この大きな背中を見るたびに、嬉しくなる。
大好きなのだ。

なんだか無性に、触れたい。

クラピカはしばらく立ち止まって、左右を交互に振り向き、誰もいないことを確認する。
いるわけはないのに、なんだか自分からすることが恥かしい。
レオリオの頬にそっとキスをして、自分もベッドに戻ろうとする。
すると。

「・・・ん〜・・・」
レオリオの声だった。
クラピカは驚いて振り返る。
「ん・・・・」
なんだか、寝言を言っているようだ。
クラピカはレオリオの口元に耳を近づける。
「・・・終末細気管支には・・・軟骨が・・・ない・・・んだっけ?・・・」

まさか夢の中でまで勉強しているのか。
(・・・レオリオ・・・)

机の上には山積みにされた教科書やノート。
付箋の意味がないくらい、あらゆるページに付箋がはってあった。
どの本も、ぼろぼろだった。

その中の一冊を手に取り、クラピカはレオリオの耳元でこう囁く。
「問題だ。セクレチンを最も多く産生するのはどこだ?」
「・・・ん〜・・・・胃・・・」
「違う!十二指腸だ」
「・・・う・・・」
「次だ。成長ホルモンの分泌は――・・・・」



・・・・・・




「・・・ん」
目が醒めると机の上だった。
「・・・あれ?」
カーテンの隙間から差し込む眩しい朝日。
机の上の時計を見ると6時半。
(・・・このまま寝ちまったのか)

寝ぼけた頭で必死に思い出す。
体を起こすと、背中があたたかい。
毛布がかけてあった。

(そうだ、クラピカは・・・)
あわててベッドを見ると、案の定クラピカがいた。
「おいおい・・・なんつー寝方だよ」

この寒いのに布団もかけずに
服の裾から腹が見えている。
枕を抱きしめて、気持ちよさげに眠っている。

(・・・ったく、かわいいんだから)

こんなふうに寝相が悪いところも
かわいいのだ。


さきほどまで自分にかかっていた毛布をクラピカにそっとかけてやる。
――すると。
「・・・・ん」
(・・・やべ、起きるかな)

「・・・ビタミン・・・B12は・・・」
「・・・・・・・・・・・・は?」

「内因子と・・・・結合・・・」


クラピカの寝言は
レオリオの聞き覚えのあるものだった。
そういえば
なんだか昨日やっていないところまで頭に入っている気がする。
・・・まさか。

「なあクラピカ・・・おまえ、オレのこと手伝ってくれたのか」
乱れた前髪をそっと直してやりながら、クラピカの隣に身を寄せる。

「・・・ん〜・・・レオリオ・・・何度言ったら・・・わかる・・・のだよ」
「・・・オレ、そんなに出来悪かったか」


冷たくなってしまった小さな手をとると、きゅっと握り返してくる。
それがなんだか嬉しかった。
「・・・ありがとな」



ふとクラピカが目を覚ます。
「・・・・レオリオ・・・」
「おはよー、お姫様」
「・・・おまえ、ちゃんと寝たのか?」
「ああ、気付いたら朝だった」
「そうか・・・でも今日はちょっと休んだ方がいいのだよ」

クラピカは珍しく寝ぼけもせずに
レオリオの身を案じている。


だからオレはおまえが好きなんだ。


「・・・ちょっとレオリオ、どうしたんだ」
「今の気持ちを体で表してんの」
細い体をぎゅっと抱きしめる。
「ありがとうと、好きだよ、かな」

その言葉にクラピカはピンと来たようににっこり笑って、レオリオを抱きしめ返した。
「でもごめんな、一緒に寝てやれなくて。
とりあえずキリついたから・・・もう大丈夫だ」
クラピカは何も言わずに
レオリオの胸の中で静かにうなづく。

「オレ今からもう一回寝たいんだけど・・・一緒に寝てくれませんか?」
そう言いながらクラピカをそっと横たえる。
そのまま自らも覆いかぶさるように倒れこむ。

「・・・ほんとうに寝るのか?」
「ん?なに?」
「これはどう見ても就寝時の体勢じゃない」
「よくわかるな」
「あたりまえだ。何度も経験済みだ」

でもまあ・・・起きたら一緒にご飯を食べようか。
クラピカは笑ってそう言い、レオリオの背中に腕を回した。



2008/09/19
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