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どうしても越えられない線がある。




境界線




大事な話があるんだ。

レオリオからそう言われたのは、最終試験の直前。
いつもはへらへらしまりのない顔をしているのに
このときはなぜか、真剣だった。

私は
平然とはしていられなかった。
彼のことをなんとも思っていないわけじゃないから。


今言えないのか?


私は当たり前のように彼にそう問う。
するとレオリオは、ふっと笑ってこう言った。

ああ。オレもおまえも・・・合格したら、言うつもりだ。
まあ、期待しないで待っててくれや。

いつもの顔に戻って
それだけ言って、レオリオは自室へ戻った。



そんなレオリオの言葉が気になって
一番大事な最終試験に集中できない。

そんなことはなかった。
気になっていたことは事実だが、それとこれとは別だ。
レオリオもそれを分かっていたから、あえて私に話があることをあらかじめ告げたのだろう。

お互いにそれくらいは、わかるのだ。




そして。
私たちは無事試験に合格した。

とりあえずの肩の荷がおりたような
そんな不思議な感覚。

もっともやらなくてはいけないのは、ここからなのだが。
わかってはいるが、「最低限」の関門を突破したことに安堵した。


しかし、キルアは。

「キルアに会いに行くよ」
ゴンの当たり前のような、友達を思う言葉。
私たちの前から去ったキルアを追い、再び3人で旅に出る。
その間、レオリオは何も私に告げることはなかった。




・・・



「9月1日、ヨークシンシティで!」
キルア奪還を果たし、ひとときの別れが訪れる。

レオリオは
まだなにも言わない。


ゴンとキルアは一足先に行ってしまった。
残された私とレオリオ。

私も
レオリオも
進む道は違う。

これからもう、一緒にいることはできないのだ。

4人の再会を誓った空港のロビーの真ん中で
レオリオはやっと口を開いた。

「なあ、クラピカ」
「・・・ああ」
「話あるって、言ったよな」

「覚えている」

「・・・聞いてくれるか?」
「そのために私はまだここにいるんだ」

私のその言葉に、レオリオは嬉しそうな、照れ臭そうな
そんな笑顔を見せた。

どうしてだろう
胸が詰まる。


「――好きだ」
レオリオの口から出た、シンプルなその言葉。
周りの雑踏は聞こえなかった。
私に聞こえたのは、レオリオのその言葉と、自分自身の鼓動。
そして目に映るのは真剣なレオリオの瞳。

「好きだ、クラピカ」

私もレオリオも
動かない。
2人の距離は、1メートルほど。
それ以上近づかないし、遠ざからない。

「オレと一緒に生きてほしい」

レオリオは私から目をそらさなかった。
私も、レオリオをまっすぐ見ていた。

私は
どうしたら
どうしたら、いい?

嫌なわけではない。
むしろ、嬉しかった。

少しの間だったけれど、こうして彼と一緒にすごして
彼の信念を知って、人生を知って、こころざしを知って
そして彼は私を理解しようとしてくれた。

だから、軍艦島脱出の際レオリオが戻らないと聞いたとき
深い絶望を感じた。

その時の私は自分の復讐という大きな目的も、同胞と分かち合うべき怒りもすべて忘れ去って
レオリオのことしか
考えられなかった。
そんな自分を深く蔑み、「彼ら」に謝罪した。

それでも、レオリオは私の中で特別な存在になっていた。
彼が笑うたび、レオリオという存在が私の中に深く入り込んでいった。
しかしこの気持ちを彼に気付かれてはいけない。
そして自分でも自覚してはいけない。

辛くなるだけだから。
彼にとって私は「仲間」の一人。
私のこんな気持ちを押し付けて
彼の夢の邪魔をしたくはなかったから――


そうやって今日まで
自分を押し殺してきた。

なのにレオリオは
好きだと、
私を好きだという。


どんなに、どんなに嬉しかったか。
レオリオがこんな冗談をいう男ではないことはわかっていた。
痛いくらいのまっすぐな瞳。
レオリオは本気だった。

長い、沈黙。
ほんの1、2分なのだろうが、私にはとてつもなく長く感じた。

レオリオは私を急かすこともなく、ただ黙って私を見つめていた。
綺麗なこげ茶色の瞳で。



その澄んだ瞳がずっと好きだった。




「私は」

小さくそう言って、下を向く。
視界に広がるグレーの床。

そのこげ茶色の瞳を
レオリオを
見ることは出来なかった。


「私は・・・私とおまえは、・・・仲間だ。
仲間としての境界線を・・・越えることはできない」



ずっと好きだったから
なにより、誰より彼の夢を応援していたいから
だからこそ、自分がそばにいてはいけない。

重荷になりたくなかった。



仲間と、「それ以上」の関係の境界線。
絶対に越えてはならなかった。



レオリオは
どんな顔をしているだろう。


「・・・クラピカ」
ふと名前を呼ばれ、顔をあげる。

レオリオは、寂しそうな・・・悲しそうな顔で、笑っていた。

「悪かったな、混乱させて。・・・ごめんな。
じゃあ、元気でな。今度はヨークシンシティで会おうぜ」
そう言って、踵を翻し、搭乗ゲートの方へ歩き始めた。


レオリオは優しいから
きっと私の気持ちを考えてくれているから
こう言ったのだ。


どんなに私が隠していても、きっとレオリオは私の気持ちに気付いていたはず。
レオリオが今日をきっかけに根気よく私への気持ちを押し通せば、きっと私はレオリオの気持ちにこたえていた。
それでも私は断った。

レオリオはそんな私の葛藤も、生き方も
すべてわかっていた。


きっとレオリオも、私の大きすぎる「復讐」という目的を果たすには――
自分がいてはいけないと思ったのかもしれない。

だから
自分の気持ちを押しつぶして、
すんなりと引き下がったのかもしれない。



完璧な人間なんていない。
レオリオはいくら不自然でない顔で、綺麗に別れようとしたとしても
その顔は
ゆがんでいて、声も震えていた。









「・・・レオリオ!」
気が付いたら
大声で
レオリオの背中に向かって叫んでいた。

なぜかなんて、わからない。
なにを言おうと思ったわけでもない。

しかし体は動かない。
一歩も前へ踏み出せない。


レオリオは驚いたようにこちらを振り返る。
ぶつかり合う視線。

なにか
なにか言わなければ。

そうしないと
終わってしまう。


そうこう考えているうちに、レオリオはこちらに引き返してきた。
一歩、一歩ゆっくりと。



そして、さきほど立っていた場所と同じところで足を止めた。
そう、私から1メートルの距離で。



沈黙が続く。
私はずっと下を向いたまま。

なにを
言えばよいのだろう?

喋るのは得意なはずなのに
口で負かすのは得意なはずなのに
言葉で相手を引き止めることはできない。

いかないで
まって

それくらいしか
思い浮かばない――



「クラピカ」
空気が柔らかくなるのを感じた。
レオリオがふっと笑った。

私は顔をあげる。


「これだろ?おまえの言う、境界線は」
レオリオはそう言って、足元を指す。
私とレオリオの間に引いてある、仲間、という見えない境界線。

越えてはいけない境界線。


「・・・・、レ」

名前を
呼ぼうとした。


しかし言えなかった。
レオリオは大きく一歩を踏み出して、私を抱きしめた。
小さな衝撃で、小さく声が漏れる。

レオリオの大きな胸に
私の口は塞がれた。


抱きしめられるのは
いったい
何年ぶりだろう。


みんなが死んでから
親しいものもいなく
手を繋ぐことはおろか、他愛ない会話を交わすことも
ましてやこうして抱きしめられるのも――
ないことだった。




試験中、レオリオのそばにいるといつもいい香りがした。
香水をつけているのだと聞いた。
なんだか癒されるいい香りで、私は無意識にレオリオの傍にいることが多くなった。

――私とレオリオの間にひいてある、境界線をこえないようにして。


「・・・どうだ、オレとおまえの間にある境界線。
――越えてやったぜ?」



レオリオはもう一度力を込めて私を抱きしめた。
いつものいい香りが
レオリオの暖かい体温と共に伝わってくる。


境界線を越えて触れ合うことなどなかった。
レオリオは
私に出来なかったことを、してくれた。


越えてはいけなかった二人の間の絶対的な境界線。
レオリオの大きな一歩で
私たちは結ばれた。

「やっぱさ・・・最初の一歩って、大事だな」


少し近づくだけで、こんなにもレオリオを感じられる。
心地いい鼓動も
あたたかい体も
いい香りも
そして気持ちも。

今まで越えられなかった分を埋めるように、いつまでもいつまでも抱き合っていた。



これを書いているとき・・・私、ほんとうにレオクラが好きなんだなあって・・・実感しました。
2008/07/26

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