エプロンをしたまま玄関の前で帰りを待つのが日課だった。
そして今日は、特別な日だから。
特別な夜を過ごそう――。
「おかえり」
ああ、寒い。どうしてこんなに寒いのか。
クラピカは無意識のうちに肩をすくませた。
キッチンの窓から空を見上げれば、真っ赤な夕焼け。
夕食の準備も終わり、風呂も沸かした。
あとは、俗に言う「旦那様」が帰ってくるだけ。
もちろんそんなふうに呼んだことはないし、呼ぶつもりもない。
医者であるレオリオの帰りはそれなりに遅くて、
クラピカはよく、待ちくたびれて玄関先でうたた寝してしまうことも少なくなかった。
エプロンの上に厚手のコート、という少し違和感のある装いで、
いつものように玄関のドアの前の段差に座り込む。
べつに「外に出て待ってろ」といわれているわけではない。
好きでこうして待っているのだ。
目の前の小さな橋の向こうから、こちらに気付くと大きく手を振ってくれる彼をこうやって待つのが、好きだから。
そして今日も。
「くーらーぴーかー!」
橋の向こうから、大声で彼女の名前を呼びながら、
手をぶんぶんと振るレオリオが、クラピカの目に入った。
・・・正直、恥かしかった。家の前の道行く人々の視線を感じながらも、
クラピカは苦笑して小さく手を振りかえした。
そんな、子供っぽいところも好きだと思ってしまう。
(惚れた弱みだな・・・)
「おかえり、レオリオ」
息を切らして走ってきたスーツ姿の彼を、クラピカは笑顔で迎える。
短い髪をかきあげる長い指。少し汗ばんだ額。
なんだかやけに色っぽく見えた。つくづくいい男だと、そう思う。
「ただいま。・・・・コレ、おみやげ」
そう言って渡されたのは、赤と緑――クリスマス仕様の大きな紙袋。
「・・・?」
「ケーキだよ。売り切れ寸前の残り一個を買ってきたぜ」
満面の笑みを浮かべるレオリオに負けずと、クラピカも自信ありげに
「私もがんばってごちそうを作ったのだよ」
その言葉に、レオリオは一瞬驚いたような顔をしたものの、
「ほんとか?すげーじゃねぇか」と、嬉しそうに言った。
そんなレオリオの微妙な表情の変化に、敏感なクラピカが気付かない訳もなく――・・・
「・・・なんだ、そんなに信じられないのか?」
不満そうにクラピカは口を尖らせた。
「ちがうって。それよりさ、オレがいなくてさみしかった?」
いきなりの話題転換に、クラピカは顔をしかめた。
「・・・さみしいどころか、静かでとても有意義な時間が送れたぞ」
半分、意地だった。
「ふーん。じゃ、何してたか言ってみ」
急に悪戯っぽい笑みを浮かべるレオリオにクラピカはもう引き下がれない。
「読書とか・・・」
「じゃ、なんでこんなに手が冷えてんの?」
白い両手を大きな手に包まれて、ぐっと距離が縮まる。
「それは・・・」
「外で本読んでた、なんて言うなよ?」
「・・・ずっと、ここでおまえを待ってた」
繋がった両手はそのままで、クラピカはうつむきながら小さく言った。
「・・・サンキュ、クラピカ」
耳元で囁かれて、唇に口付けられた。
「な・・・なにするんだっっ」
「なにって・・・留守番してたご褒美。これだけじゃ足りない?」
そしてそのまま、ぎゅっと抱きしめられる。実はそれを期待していた。
もう抵抗する気なんてなかった。やっぱり心底惚れている。この男に。
「・・・寒かったろ?いいかげん中入ろうぜ。早くおまえの料理食べたいし・・・」
レオリオの身体は驚くほど温かい。
さっきまでの寒さはどこへ行ってしまったのか。
「ほんとは真っ先におまえを食べたいんだけど・・・料理冷めちまうしな」
その一言に、クラピカの鼓動は高鳴る。
”私を先に食べてほしい”
きつくしまったレオリオのネクタイを緩めながら、クラピカがそんなことを言ったのかは
二人しか知らない――
2004/12/25 Merry Christmas!
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