ほんとうは見せたくない。
こんな弱気な自分は。
血液
「たらいま〜」
玄関からガタガタと騒がしい音が聞こえてくる。
レオリオが帰ってきたらしい。
まったく・・・今日はどうしてこんなに遅いのだ。
私だって暇じゃないんだ。仕事をしてるんだ。
でも、先に一人で寝ることは・・・したくない。
待っていたいのだ、レオリオを。
あくびをかみ殺してクラピカはソファから立ち上がり玄関に向かう。
「レオリオ、おかえ・・・り・・・」
いつものように、彼を出迎えるつもりだった。
だが。
「うぃ〜・・・たらいまくらぴかー」
「・・・・」
「なんだよその顔ー。あっ悪いけど水持ってきてくんないかなー」
ほろ酔い、ではない。泥酔、でもない。
いや、泥酔一歩手前というのが正しいか。
なんとなく、レオリオは酒には強そうに見えたのだが。
これでは明日の勤務に支障が出るだろうに・・・。
レオリオは単細胞ではあるが、そういう馬鹿はやらない男のはず。
なにかあったのだろうか。
グラスに水をつぎながら、クラピカはふと思う。
こんなことは今までなかった。そういえばレオリオの悩みなんて、聞いたことがない。
自分はいつもいつも、彼に助けてもらっているのに。
ネガティブなそぶりを見せず、いつだって明るくふるまう。
それが彼のいいところだと思っていた。けれど、裏を返せば・・・。
こんなとき自分に何ができるのか
考えても考えても
正解はでてこない。
水を持って玄関へ戻ると、レオリオは靴も脱がずにそのまま壁際にもたれかかっていた。
「レオリオ、ほら、水・・・」
「・・・オレさぁ」
「・・・ああ」
こういうとき
相手の話を辛抱強く聞くことが大事なのだと
レオリオから教わった。
なにもできないかもしれないけど
話を聞くことはできる。
レオリオはグラスを受け取って、中身を一気に飲み干した。
「オレ・・・ほんとに医者に向いてんのかな〜・・・なんて思っちゃってさ、はは」
「・・・」
「勉強しなきゃいけないことはまだ山ほどあって・・・でもぜんぜん頭に入んねーし・・・
まだ研修中だけどさ、大きい病院だとさ・・・おかしいって思うことありすぎるんだよ」
「ああ」
「覚悟してたけど・・・やっぱしんどいわ」
レオリオはうな垂れて
からっぽのグラスを握り締めた。
クラピカはずっと
レオリオは生きるのが上手な人だと思っていた。
自分なんかよりずっと処世術を心得ているし
なにより芯がしっかりしている。
でも、そんな彼だからこそ
こうして悩むことが多いのだろう。
頭ではわかっていても
感情で納得できない。
レオリオは自分に嘘はつけない。
そんなところが、好きなのに。
こうして彼を苦しめることもある。
「レオリオ」
クラピカの声に、レオリオは顔をあげる。
「やめたければやめろ。私は何も言わない。
けれど、私はずっときみの味方だ」
「がんばれ」とは言わない。
「レオリオなら大丈夫だ」
大丈夫。きっと大丈夫。
レオリオはよくこう言ってくれた。
それがどんなに嬉しかったか。
心の支えになったか。
「・・・クラピカ」
レオリオは目を細めてクラピカを静かに抱き寄せる。
やっぱり、一番安心する。
この瞬間。
自分を包んでいる空間に、相手が入り込んでくるこの瞬間。
一緒にいることを実感できる。
「・・・オレ、ちょっとあせってた」
「・・・ああ。そういうときもあるよ」
大きな背中に腕を回す。
宥めるように、優しく頭を撫でた。
「今日さ」
「うん」
「血を見たんだ」
「・・・そうか」
「オレ実はさ、血を見るのが怖いんだ」
もう
何年前になるだろう。
単純な答え、しかしゆるぎない確かな答え。
医者になること。
それを決意させた親友。
その親友が目の前で吐いた
大量の血。
「笑っちゃうよな。血が苦手な医者なんて、いねえっつーの・・・」
クラピカを抱きしめる腕をゆるめて
レオリオは小さく笑った。
そんなレオリオに、クラピカはこう諭した。
「なあレオリオ、おまえがこんなに温かいのは血が巡っているからだ。
血は外に流すものではなく中にとどめるものなのだよ」
レオリオなら大丈夫だ。
最後にそう言って、冷え切った頬に小さく口付けた。
2008/12/18
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