こんな、試すような真似はしたくなかったのだけれど。
私の努力とプロの芸術。
どっちを選ぶ?




恋心




「レオリオ先生、奥さんはどうなさったんですか?」
大きな瞳をくりんくりんと瞬かせながら、新米看護婦がオレを振り返る。

「んー・・・、なんか、午前中だけでいいから、休ませてくれって」
「具合でも悪いんですか?」
「いや、こえぇ顔で、いいかレオリオ、絶対にキッチンに入ってくるな!って言われて、
それっきりキッチンにこもりっぱなし。なんなんだ?クラピカの奴・・・。あ、そこのカルテ取ってくれないか?」
「はい」

2月の朝。あまりの寒さに起きるのが嫌になるときもある。
けれど、こうしてたくさんの患者がここにやってくるから
この仕事だけは、譲れない。

「・・・先生、今日って14日ですよね?」
「・・・ああ、そうだな」
彼女に言われて、ふと壁にかかっているカレンダーを見る。
そういえばここ2,3日表に出ていないから、すっかり日にちの感覚が狂ってしまったことに気付く。

「奥さんがキッチンで何してるか、どうしても分かりませんか?」
意味深な言葉に、オレは椅子ごと彼女へ向く。全てお見通しというような、不敵な笑顔。

「・・・あぁ、全然。何だよ、何か知ってんのか?」
「意外と鈍いんですね、先生」
「え?」
「いーえ、何でもないです!ほらほら、患者さん来ましたよ。どうぞー」


・・・・・


「・・・・・どうしたものか」
チョコなんて普段摂取しない。興味がない。しかしやらねばならない。彼のためだ。

「・・・ココアパウダー・・・適量?」
適量?適量じゃ困る。なんて不親切なテキストだ。

「おーいクラピカ、ちょっといいか?」
ドアの向こうの彼の声。あと少しで塩を入れてしまうところだった。
来るなと言ったのに・・・!!
「・・・な、なんだ?」

部屋の中の様子が見えないように、顔を半分だけ出して。
もちろんエプロンも瞬間的に脱いだ。今はまだ、知られたくなかったから。

「いや・・・何してんのかなーって」
「な、何でもないのだよ。それより今忙しいのではないか?」
「もうだいぶ落ち着いたよ。・・・で、何してんの?」
ドアの向こうを除こうとする彼を、力いっぱい押し返した。
「だ、だめだ!」
「なんで?」

どこまで鈍いんだおまえは!2月14日にキッチンにいる理由なんて一つしかないだろうに!

「と、とにかく今はだめだ。あと1時間待ってくれ」
「1時間で出来るもんなのか?」
「・・・ああ」
「そっか。じゃあな、怪我すんなよ」
いつもの優しい笑顔で気遣われて
なんだか胸が痛んだ。
彼を騙しているようで。


・・・・・


あれから1時間。丁度正午。クラピカはもう、満足のいくように出来ただろうか。
仕事もひと段落着いて、2階のキッチンへ向かった。

「おーい、クラ・・・」
「レオリオっっ、出来たのだよ!」
鼻の頭に生クリームをつけて、本当に嬉しそうに笑いながら、
ドアを開けようとしたオレの手を引っ張って、キッチンの中に迎え入れた。
料理をしていたという痕跡を残さないように、きちんと片付いているキッチン。
でもいくら綺麗に片付けても、鼻の頭の生クリームが、何を作っていたかを物語っている。

今日は2月14日なのだと。
つまりはバレンタインなのだと。
あのあと――大きな瞳の新米看護婦から聞かされた。

ただ純粋に、忘れていた。覚えているといったら、クラピカの誕生日と結婚記念日くらいだ。
裏を返せば、この2日は絶対に忘れてはいけない大切な日。

チョコ作ってたんだろ?なんて言ったらどうにも都合が良くない。
あえて何も言わないでおく。クラピカ自身、オレをびっくりさせようと思っているだろうから。
可愛いやつだなぁ、と微笑ましく思っていると。取り出されたのは以外にもアイマスク。

「ちょっとこれをしてくれないか?」
「え?・・・なんで目隠し?」
「いいから!」

なんだか、予期せぬ方向へ。
食べてほしいものがあるんだ、と。目の前に出された(らしい)、二つのチョコ。
クラピカ曰く、「どちらが美味しいか食べ比べてみてくれ」。
なんだか妙な渡し方だと思いつつ。

「・・・コレか?」
「ち、ちがう!それは私の手だっ///」
だって見えないんだからしょうがねぇだろ。でも実は、わざとだったり。

「・・・どうだ?」
期待の中に入り混じった不安の声。
この二つのチョコがどんなことを意味を示しているかは分からなかったが。この際だから、正直に。

「・・・右かな」
そう言うと、一拍間をおいて、「そうか、よかった」と、クラピカの安堵のため息が耳に届いた。


・・・・・


「右が私のチョコで、左が市販のチョコで・・・こんな、試すような真似はしたくなかったのだが、どうしても・・・」

選んでほしかったんだ。


夫婦になると、それはもう恋ではないというけれど。
少なくとも私は、毎日恋をしている。
目の前のたった一人の彼に。

この恋心は、決して消えない。

2005/02/14 Happy valentine


ちなみにクラピカが作っていたチョコは普通の冷やして作るチョコだと推測。
診療所で夫婦設定、+新米看護婦さん。
未来話でバレンタイン、というのをちょっと書いてみたかったのです。
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