朝から空はどんよりしている。
今にも雨が降り出しそうだ。

センリツは窓から空を見上げながら独り言のように呟いた。
「嫌な空ねぇ・・・」
「梅雨だからな。しょうがない」

「そうだ、今日、会えるんでしょう?」
「・・・何のことだ?」
「とぼけないで。彼よ」
「・・・何故分かる」
「ふふ。こんな気がめいる天気なのに、あなた、心音は正直ね。
弾むような心地いいメロディーよ」

センリツはクラピカのほうへ振り向いて、楽しそうにそう言う。
「私はそんなにわかりやすかったか」
「いいじゃない。素直で。好きよ、そういう人」

クラピカは諦めたように笑って、読んでいた本を閉じた。
「さて、私はそろそろいくよ。すまないが、あとを頼むぞ」
「ええ任せて。久々の休暇だもの、楽しんできて」
「ありがとう」


クラピカは本を片手に、そのまま部屋を出ようとする。
「あ、待って!」
「どうした?」
センリツは慌てて引き止める。
小走りで部屋の隅へ駆け寄り、折りたたみの傘を彼女に渡した。
「もう、雨が降りそうだっていうのに。傘も持たないで出かける気?」
「・・・しかし、これはセンリツのだろう」
「いいの。私はどうせ今日はここに泊り込みだもの。明日には晴れるわよ。
いいから、持っていきなさい」

センリツはにっこり笑って、彼女の背中を押した。
クラピカはいつも思う。
この笑顔には文句の一つもつけられない。

上品な花柄の折りたたみ傘。
自分には不似合いだと思ったが、そのままバッグにそっと入れた。




レオリオに会える日
そして会いに行く道のり。
電車の中で、落ち着いて本も読めなかった。
考えるのはレオリオのことばかりで。
なんだか情けない。しかし好きになってしまったものはしょうがない。

電車の窓には大粒の水滴がつき始めていた。
――雨が降ってきた。

待ち合わせは午後6時。
今夜は、一緒にいられるのだ。
明日も一日中、一緒にいられる。

食事はどうだろう。
やはり外食だろうか。
いや、たまには二人で作るのもいいかもしれない。

――今夜は、どういうふうに愛してくれるのだろう。
それを考え始めるとクラピカは我に返る。
顔を覆って、目を瞑った。
そんなこと考えるなんて、私はどうかしている。
・・・恥かしい。

腕時計の針は5時45分をさしていた。


駅の雑踏。雨が降り出したからか、改札付近はざわついている。
この、レオリオの住む街に来たのは久しぶり。
いつもこの駅の入り口で待っていてくれている。
そして笑顔で迎えてくれる。それが楽しみでしかたなかった。

今日も、いつものあの場所で、待っていてくれているはず。
・・・いた。

彼もクラピカの姿を見つけたのか、こちらに小さく手を振っている。
自然と笑みがこぼれる。――嬉しい。
しかし努めて冷静に。いつもと変わらない表情をつくったつもりだった。
だが、本心は隠せない。
無表情の中に笑顔が垣間見る、なんとも微妙な顔になってしまった。
小走りでレオリオに駆け寄る。

「よ、久しぶり。なんだよ、変な顔して」
「・・・わ、悪かったなおかしい顔で」
「うそうそ。今日もかわいいよ」

そう言うと大きな手でクラピカの頬を包んだ。
こういう瞬間に
いつもやられてしまう。

これはもう病気だと思うしかない。


もう片方の手には大きな傘。
ぽたぽたと雫が落ちている。

「あれ?おまえ、傘は?」
「あ、ああ、センリツが――」

バッグから折りたたみ傘を取り出そうとしたとき、ロータリーを歩く一組のカップルが目に入った。
1つの小さなビニール傘を二人でさしている。
男の方は、右半身が濡れていた。


「――・・・」
「で?センリツがどうしたって?」
「・・・なんでもないのだよ。それより・・・あいにく私は傘は持たない主義だ」
「はあ?」
「濡れるのも困るから、傘に入れてくれ。
大丈夫だ。おまえの傘は大きいからちゃんと二人とも濡れずにすむ」

傘を貸してくれたセンリツには悪いが、ちょっとしてみたかったのだ。
・・・相合傘とやらを。
あの彼のように、隣の彼女を気遣って身を挺してくれるのも嬉しいが。
やはりレオリオに冷たい思いをさせるのは忍びない。
レオリオの傘が大きくて助かった。

「ま、いいや、相合傘できるし。じゃ、行くか」
「家に直行か?」
「どうしよっかー。今日はおいしい料理食べにいくか」
「ああ」

初めての相合傘。
いつもよりぴったりと彼にくっつけることに驚いた。
初めて自分から腕を組んだ。

雨も悪くないな。
レオリオと肩を並べて歩くクラピカは、そう思わずにはいられなかった。



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