その生きがいを
私は近くで支え続けたい。




玩具




それはほんとうにたまたまだった。
しかしそんなこと、思ったことも無い、と言えば嘘になる。

医師として働くレオリオを見てみたいと思うことは
しばしばあった。

一緒には住んでいない。
彼には彼の
私には私の生活がある。

私には私の
やるべきことがある。
けじめをつけなれければ
幸せになんてなれない。
こんな弱い気持ちのまま
レオリオと一緒になんてなれない。

彼もそれをわかっているから
無理強いをしたり
束縛もしない。

そんな彼の優しさが、時々痛かった。
彼の前での私は矛盾の塊りだった。

仕事に生きがいを感じているレオリオを
羨ましいと思うこともあった。
私は自分がよくわからない。
しかしプライドだけは捨てられなかった。
こんなものいらないのに。
もうきっとこの性格は直らない。


それはほんとうに
たまたまだった。
ふらふらと歩いていたわけではない。
仕事中だったのだ。
ある場所へ向かっていたのだ。

意識してその道を通ったわけでもない。
しかし気付くと隣には、レオリオの勤める病院があった。


「――・・・」
何も考えず
中へ入っていった。


もしレオリオに会ってしまったら
彼は驚くだろうか。
笑いながら駆け寄ってくれるだろうか。
忙しい彼の邪魔にならないだろうか。

不思議だ。彼のことになると弱気になる自分がいる。


外来患者でいっぱいの受付。
小さな売店。喫煙室。
ふらふらと歩いていた。


突き当たりの曲がり角。
進行方向に目をやると、廊下のベンチにレオリオが腰掛けていた。
驚いて壁に身を隠す。

初めて見た。
そして思った。
レオリオは白衣がよく似合う。


静まり返った廊下に響く大きな溜息。
レオリオのものだった。
手で顔を覆って
力なくうな垂れていた。

私はそれを見つめることしかできなかった。
長い指の間から垣間見えたその表情は
見たことも無いほど、暗い顔だった。


「――せんせ?」
どこからともなくやってきたのはパジャマ姿の子供だった。
レオリオの傍に寄り、彼を見上げる大きな瞳は純粋そのものだった。
「どうしたの」
「ん・・・いや、なんでもない。大丈夫だよ」
レオリオは顔をあげて笑顔を見せる。

「うそ。だいじょうぶじゃないでしょ。レオリオせんせー、嘘がへたなの知ってるよ」

その瞳は
葛藤も嘘も欺瞞も矛盾もまったく知らない
素直な瞳だった。

「・・・うん、ちょっと、疲れたかな」
「じゃあー、こっちきてみんなと遊ぼう。みんなせんせーがくるの待ってるよ」


小さな手がレオリオの手をきゅっと握る。
その手はあたたかそうで
しかし儚げで

レオリオは顔をあげて、微笑んだ。
「・・・よし!今日は遊びじゃないぞ。勉強するぞ、勉強!」
「えー!?なんで昨日やったよ!」

その笑顔は太陽のようで
いつも私に向ける笑顔
そのものだった。

誰かに必要とされる。
誰かを救う。
確かな技術で。そして情熱で。

きっとレオリオは笑顔を失わない。
彼らが――患者である子供たちがいる限り。
限界を超えて、がんばっていく。

それが彼の人生。
そして生きがい。



ありすぎる身長差を埋めるようにレオリオは腰を屈めて子供の手を取りながら歩いていく。
楽しそうな彼らの会話がどんどん遠くなっていく。

そんな彼らの後ろの壁際に立ち止まっている私の頬を
あたたかい涙がつたった。


私は泣いていた。
悲しくは無い。
嬉しくも無い。
ただ、レオリオを思って泣いていた。



小児科病棟にはいつもレオリオがいる。
彼の白衣のポケットには子供たちのためのおもちゃが入っている。
毎日毎日、違うものが入っている。
今日来るあの子は注射が嫌いだから
このミニカーをプレゼントしよう。
入院して3日目、なかなか寝付かないあの子には
一緒に寝てくれる、ぬいぐるみをあげよう。


この病院の小児科病棟は
いつもレオリオの優しさで包まれている。



2008/11/6
夢がかなっても、思い通りにならない現実。
レオリオはそんな苦しい思いをしても、がんばれる人じゃないのかなと思って書きました。
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