職員室。彼が最も苦手なところ。
別に先生が怖いわけじゃない。この雰囲気がキライなのだ。

彼女が最も出入りするところ。
最近では成績を褒められるよりも、彼と一緒に説教される方が多い。
その方が楽しいから、いいのだけれど。

そして今、「説教」をくらった二人。
「しつれーしましたー・・・・・と。あーあ、今日はいつになくこっぴどく怒られたなー。おかげで短い休み時間が台無し」
「毎度のことだろう?」
本日1回目の説教は先ほどの1時間目。
原因であるレオリオはもちろん、クラピカさえもとばっちりをくらった。
「うーわ、なんか、オレのせいみたいな言い草。・・・・あれ?次って物理だよな?」
渡り廊下を半分も歩けば、丁度2年C組の教室の中が見える。
だが、もうすぐで予鈴が鳴るというのに――
「あれー、やっぱだれもいねぇ」
教室には人っ子一人いない。
「・・・ボイコットじゃないか?」
「おまえ、のんきなうちのクラスが、んなことするかって」
「そういえば、今週は野外活動をするとか言ってなかったか?」
「うーわー、それだ。ビンゴ。オレたち、おいてけぼりかよー」
「そういうことだな」
「・・・よっしゃ!天気もいいから、屋上行こうぜ!」
「・・・追いかけなくていいのか?」
「どーせ野外活動なんて、遊びにしかなんないだろ。それにおまえ、いつもつまんなそーな顔してるし」
困った顔をして、小さく頷けば。
「決まり!じゃ、行こーぜ!」
彼に手をひかれて、嬉しそうに微笑む自分がいる。なんだかいけないことをしているようで、わくわくした。

「そーいやさぁ、オレたち、2人で屋上来んの、はじめてだよな」
「・・・そうだな」
ぽかぽかのいい天気。上を見上げれば群青色。
まるで少し早い小春日和。それでも、風が吹くとちょっと寒いから――今が冬だと、実感できる。
レオリオがフェンスに腕を寄りかけると、なんだかフェンスごと落ちてしまいそうで怖い。
ふと、クラピカが言う。
そんな彼女は、ちょっとかかとを浮かせてやっとフェンスに腕を乗せられる。

「なーんか、中学生みてぇ」
「・・・私は女子の中でも身長は高い方だぞ」
「オレからみるとすっげーちっこいの」
クスクス笑って、クラピカの頭に手を乗せる。
「おまえがそんなに大きいと、私はいろいろ大変なのだよ」
「へー?例えば?」
その言葉に、少し、間をおいて答える。
「・・・私から・・・・キス・・・できない・・・・・・・・・・・・・・とか」
顔はまっすぐ空の彼方を見つめて小さく呟いた。
また笑われそうで、言ったことを今更後悔した。どういうわけか自然に口に出してしまったのだ。

「よくそういうこと真顔で言えるよなー。恥かしいっつの」
照れると口元を隠す癖。やたらに赤い顔が大きな手の間から垣間見える。
「んー、わかった。じゃ、オレ、極力かがむようにするからさ。・・・てことで、ハイどうぞ」
ぐいっと肩を抱かれて、顔の距離が一気に縮まる。ドキドキした。
――いや、ドキドキしている。レオリオが隣にいるときのこのドキドキは、いつだって進行形だ。

目の前の真っ白なシャツをぐいっとつかんで、唇を重ね合わせる。
いつも、この瞬間――時間が止まってくれたらいいと、思う。

「・・・クラピカ、なんか、キスうまくなった」
「・・・なっ」
「いっぱいしたからかなー」
彼の予想外の指摘に、心臓爆発寸前。
「・・・・っっ、し、知るか!」
思わず彼の手を振り切ってそっぽを向くと、後ろから強く抱きしめられる。
――期待していたのかもしれない。
密着した体から鼓動が伝わってしまいそうで、たまらなく恥かしい。
あたたかい体も、甘い香水の香りも、長い腕も、広い背中も、
その全てで抱きしめてくれているような気がして――くらくらする。
耳朶を甘く噛まれて、その熱い吐息に背筋がぞくぞくする。
「・・や・・っ・」
我慢していた声も、自然に漏れてしまう。
同時にシャツのボタンを器用にはずされて、冷たい指先が直接肌に触れた。その感触に、体が小さく反応した。
「・・・やだ、こんな・・・ところで・・・」
レオリオは何も言わない。代わりに降ってくるキスの嵐。
抗議の声はだんだん弱弱しく。
抵抗するのも忘れるくらい、心地いい体温。
「・・クラピカ」
名前を囁かれるたびに、強く力を込めて抱きしめられる。
――体が熱い。
「みんなは野外活動してるけどさ・・・オレたちは、二人っきりで愛の課外授業でもする?」


・・・


屋上の端の、フェンス越しの狭い隙間。丁度大人が2人、入れる大きさ。
「あんな広いことろで堂々とするのは、非常識だ・・・」
と真顔で言う彼女の言葉を、笑顔で受け入れた。
「屋上にオレたち専用のベッドとか、ねーかなぁ」
そんな彼の冗談に、クラピカは呆れたように笑った。
コンクリートの壁に寄りかかって、もう一度深くキスをした。
だんだん力が抜けてきて、ずるりと座り込んでも、レオリオはキスを止めようとはしなかった。
こんな狭いところ。レオリオの体はクラピカの脚の間。
2人とも座れば、こんな姿勢になっても仕方がない。
「ちょ・・、やだ、・・・はなして」
それでもお構い無しに、体をくっつけてくる。
「ムリ。はなせない」
細い首筋に舌を滑らせて、小さな背中に腕を回す。
器用に下着のホックを外して、乱れた襟元を開いて顔を埋める。
手慣れているというか
うまいというか
こういうことをするときのレオリオの手際は見事だ。

「・・ッあ・・・」
本当は一言も喋りたくないのに、どうしても声が出る。
ざらついた舌が肌を這うたびに、体が震えた。

わずかに差し込む太陽の光に、なんだか現実に引き戻されたようだった。
まるで、いけないことをしているようで。
そうこうしている間に彼の手はするりとスカートの中へ。その瞬間、ビクッと体が震えた。脚を閉じたくても、閉じれない。
――この姿勢だから。
指が濡れた割れ目へ達した途端、思わず目をつぶって、体を捩る。
「・・・や・・っ」
おまけに、淫らな甘い声まで出してしまって。それが、裏目に出た。
あと45分間。それまで、ずっとこうやって中途半端な快感に踊らされているのだろうか。
「・・・も・・・う・・、じらすな・・・」
わざと中心を外す憎たらしい右手。舌先。瞳。・・・憎らしい。
あえて制服は脱がせないで、わざとこんな恥かしい格好をさせている。
スカートの中をゆっくりと動く彼の吐息をこうやって感じることは
一番恥かしい。
「・・・・ばか・・・」

目の前の黒い髪を軽く握って、息切れ切れに呟く。
「・・・いってーよ」
「・・・さっきから・・・ずっと恥かしい・・・っ」
本当は羞恥心よりも、本能的な快感の方が、ずっと上。そんなことを知られたら、・・・どうなるのだろう。

「・・・おまえのせいなのだよ」
「・・・え?」
「私がこんなにいやらしい体になったのは・・・」

それは彼にとって最高の褒め言葉だということを
クラピカは絶対に知らない。

「だったら責任とってやるからさ・・・一生かけて」
笑って、唇を重ねた。




あれから何度も何度も体を重ねて。何度も何度も彼自身を受け止めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・スカートについた・・・」
涙ながらにそう訴えるクラピカに、レオリオは何も言えない。
「・・・・うそー」
笑ってごまかしてみても。ダメだった。
いいから、はやくブラつけろよ・・・といいたくなる口を必死に押さえた。
「・・・オレもお盛んだからさ・・・」
「こんなのじゃ教室に戻れない・・・」
「・・・被服室行って洗ってきます・・・」
「・・・・・・・・・乾燥機に入れるのも忘れるな」

流れ出た白い液体。そんなものがついたスカートを、はくわけにはいかない。
「ちょっと待て、スカートがない間、私はこんな格好でここにいるのか?」
そう言うクラピカの格好は、なんともあられのない・・・というか、もうぐちゃぐちゃだった。
「あ、そっか、じゃあオレの上着に包まってろ。すぐ行ってくっから。
そーだ、もう昼休みだろ?弁当ここで食おうぜ、持って来るからさ」

女子生徒のやけに汚れたスカートを持って走る高校生。
・・・これ以上妖しい光景はない。
なんだか騒がしい彼が可笑しくて、クラピカはクスクスと笑う。
レオリオが残していった上着。とてもとても大きくて、頭から足先まですっぽり体が包まってしまう。
この大きな背中に、広い胸に今さっきまで抱きしめられているのかと思うと、さっきのようにまた胸が熱くなる。
ふわりと香る、香水の香りと彼自身の匂い。
なんだか胸がいっぱいになって、おもわず上着を抱きしめた。


・・・・・


授業が終わって教室に戻ってみれば。
「あのふたりは?」と生徒たちは異口同音。
そのころ2人は、少し早いお弁当。


「今日はさー、おまえの分の弁当も作ってきたんだぜ。いっつもおまえ、コンビニ弁当だからさ」
両手に2人分の弁当箱と、缶ジュース。幸い、例のスカートは無事にクラピカのもとへ戻ってきた。
手を合わせて謝っているうちに、彼女はようやく許してくれた。
ただし、もう学校ではしない、なんて条件を出して。
ってことは、学校以外でも会う機会が増えるって事か?レオリオは良い様に解釈してみた。

青空をバックに、2人で並んで食べるお弁当。
「・・・おいしい」
玉子焼きを一口食べると、無意識にこぼれる笑み。
なぜか、いつもよりおいしく感じる。
そうでなくても、レオリオの料理はいつもおいしいのだけれど。
「ほんとか?」
「ああ」
満足げな彼の笑顔に、こっちまで嬉しくなる。
「クラピカ、りんご好きだよな?はい、あーん」
口元に、フォークに刺さったりんごを差し出された。
「・・・・・なっ、じ、自分で食べれる」
「だーめ。オレわがままだから」
気が付けば、いつも彼のペースに惑わされる。
でもそのペースが、丁度良くて。
彼の隣にいるときのこの居心地のよさは、きっとそこから来ている。

きっと言い合いになっても決着はつかない。
観念して、遠慮がちに小さく口を開いた。
「・・・・んっ」
口の中に入ってきたのは、甘酸っぱいりんごではなくて。
甘い甘い、彼の舌。
「・・・・っ///」
突然のことに、クラピカは小さく肩をすくませた。
それを阻止するかのように、レオリオの腕が華奢な体をぎゅっと抱きしめる。
「・・・・っ、いきなり・・・なに・・・」
「・・・なんとなく」
「なんとなくでそんなキスができるのか?」
「・・ごめん、うそ。めちゃくちゃ好きだから我慢できなくてキスしました」
真面目な彼の顔が可笑しくて、思わずクスクスと笑った。
「なんだよー、笑うとこじゃねーよ」
「・・・そうだな」
「またキスするぞー」
「ご自由に」
「・・・りんごは?」
「あ。・・・食べる?」
「・・・食べる」
「食べたらまたキスしていい?」
「勝手にしろ」



・・・・・



おなかいっぱい食べて。いっぱいキスをして。いっぱい笑いあった。
気が付けば、もうすぐ午後の授業。

「う〜・・・ねみぃ」
「・・・私もだ」
クラピカの膝の上に頭を乗せて。レオリオは大の字になって、寝転んでいた。いわゆる、ひざまくら。
「クラピカの太ももやわらかくてきもちいぃ〜・・・」
「!!!///」

ぎゅっ、と腰に抱きつかれた。もちろん、グーで殴った。
「・・・あと5分で予鈴だぞ」
「ほんとだ」
「・・・さぼるか?」
「もちろん」
――私はいつからこんな不良生徒になったのだろう?
オレと逢ったときからだよ。レオリオは笑って答えた。


・・・・・


午後は学校をさぼって田んぼ道を散歩しよう。
レオリオに手をひかれて――ふたりは屋上をあとにした。

駐輪場で見つけたぼろぼろの自転車。
鍵もかかってなし、まだ充分に乗れる。
校門前の坂道のてっぺんまで自転車を押して。
レオリオがサドルにまたがると、クラピカも後ろの荷台に同じように座る。
「ちゃんとつかまってろよー」
「わかってる」
きゅっとレオリオの背中にしがみつく。――この広い背中が、大好きなのだ。

「なんかやらしい乗り方。パンツ見えてる」
「うそっ」
「うそー」
「・・・ばか」
ブレーキをはなせば、2人を乗せた自転車は、勢いよく坂道を下っていく。
周りが田んぼだらけの、どこまでも続く坂道。

「なー・・・ポックル、ちょっと見ろよ」
「なんだよ、眠いっつーの」
「あれ・・・レオリオたちだよな?」
「・・・・・・ほんとだ」
2年C組、午後の最初の授業は数学。窓際の生徒たちが、1時間目以降行方不明だったはずのふたりを発見した。
「おやまぁ・・・若いとはいいことですね。あんなに楽しそうだ。それでは、みなさんは授業を続けましょうか」
窓から2人を見ていた数学教師のサトツ先生。

彼は、このクラスの担任。


・・・・・


「校外デートのときは必ず私に断ってから行ってくださいね。
今日みたいに急にいなくなるとみんな心配しますから。
そうそう、君たちホームルームもいなかったから、放課後、これを書いてから帰ってくださいね」

今日一日の「さぼり」は担任サトツ先生によって、「校外デート」とされた。
放課後。すでに誰もいない教室に、またまた二人きり。
一つの机に向かい合って座る。窓から差し込む眩しい夕日。
「”進路希望調査”ねェ・・・」椅子にぐったりと背もたれて、レオリオは「進路希望調査」の紙を手に取った。

「オレたちまだ2年なのになー」
「もう、だろう。3年間なんてすぐに終わるのだよ」

「つーかさ、オレの進路は一つしかないんだよなー。生まれたときから決まってんの」
その言葉に――心臓が大きく飛び跳ねた。
高校を卒業したら――今のように、毎日会えない。
それどころか、それぞれの進路次第では、もう逢えなくなるかもしれない。卒業を機に、別れを切り出されたら――

どうしていつもいつも悲観的になってしまうのだろう。
こんな自分がたまらなく嫌なのに。ふと気がつくと、カリカリと字を書くペンの音。
「コレがオレの進路」
レオリオはペンを置いて、紙をクラピカに渡す。

「・・・オレの進路はさ、生まれたときからこれしかないんだよ。
クラピカを嫁にもらってぜったい幸せにする・・・コレしかないだろ?」
クラピカが顔をあげると、いつもの自信満々の笑顔があった。
「・・・ばーか。なんで泣くんだよ。そんなにイヤなのかよ?」
無意識のうちにこぼれた涙。
「・・・ちがう、バカ」
「じゃ、なんだよ」
驚いたけれど
ほんとうは、とてもうれしかった。
ずっとずっと、こんな毎日が続いたら、どんなに幸せだろう。
”レオリオのところに嫁にいって、しあわせになる”
そう書いて――
「ほら、早く出しに行くぞ!」
「お、おう!」


――この進路希望調査書は、2枚ともあえなく書き直しをくらった。


・・・・・


毎日毎日、同じことの繰り返し。一見つまらなそうな毎日だけれど、大丈夫、君が居るから。いつだって、可笑しいくらいに嬉しい毎日。


「ふぁーつかれた」
「まともに授業も受けていないのに・・・」
真っ白なマフラーを首に巻いて、クラピカは寒そうに肩をすくませる。

「ちゃんと授業したじゃん、愛の課外授業v」
「・・・っそ、そんなことばかりやっていると、卒業できないのだよっ」
「意地でも卒業してやるよー。オレだってやれば出来んだよ」

でも、そんな他愛ない毎日がとても楽しいのは――彼のおかげ。
坂道を下って、小さな橋をわたって、一つの分かれ道。
クラピカは右へ、レオリオは左へ。
「いつか、一緒の道に帰りたいよなー」
「え?」
「早く一緒に住みたいって言ってんの」

道の真ん中で、きょとんとしているクラピカを抱きしめた。
こういう大胆な彼の性格も、嫌いではないのだけれど。
やはり、ちょっと恥かしい。そんな複雑なクラピカの気持ちとは裏腹に。
「同じ家に帰れるなんて、すごく幸せだろ?」
微笑んで、小さくうなづいた。

「じゃあ、またあしたな」
左の道へ歩き始めるレオリオの背中を、じっと見つめた。
――まだ、いっしょにいたい。そう思って。
気が付いたら、走って走って、思い切りその大きな背中にしがみついた。
「・・・どうした?」
「・・・・・・・・、・・き・・」
「き?」
「・・・・・・キスして」
可愛い恋人の、可愛い笑顔。頼まれなくたって、唇が腫れるほどしたくなる。
きっとあしたの朝まで、待てやしないから。
今夜は私から電話をしてみよう。まだちょっとだけ、恥かしいけど。
片時だってはなれていたくないから。
ばいばい、またあした。
明日も二人で登校しよう。



私の中で、この話は、内容・展開・オチすべてにおいてギャグ扱いです。
甘すぎて笑えるかなって思いまして。ええ。
それにしてもいきなりセックスが始まるのは高校生の特権じゃないですか?
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