特に意識はしていなかった。
ただ、接し方が分からなかった。
トキメキ
「ほら、手かしてみろ」
なんのためらいもなく、レオリオは岩場の下から大きく手を差し伸べた。
問題はなかった。小さながけのように入り組んだ岩を飛び降りるなど、私には簡単だった。
こんなものは、障害のうちにも入らない。
そもそも私の身体能力を今の今まで間近で見ていたというのに、いきなりなんだというのだ。
「おまえ、ちっこいうえに今足ケガしてんだから、ぜってぇムリ」
先に下りたレオリオは、さっきからコレだ。確かに怪我はした。したが、かすり傷だ。
大丈夫だといっているだろう、ガンコ者め。
というか私はちっこくはない。標準より高い方だと思う。
私がちっこかったら、ゴンやキルアはどうなる。
「・・・ったく、なんでケガしたの言わねーんだよ。
同盟のイミはなんなんだよ?ほら、ここ下りたら診てやるから、さっさと手ぇ貸せ」
口調はいつものように乱暴だったけど
――目が優しかったから。
その瞳に吸い寄せられるように、岩の上から身を乗り出して、小さく手を伸ばした。
その瞬間ぐっと強く手を掴まれて、体がふわりと宙を浮いた。そのまま引き寄せられるかのように抱きとめられる。
それが
とても心地良かった。
それでも、軽々と私を抱き上げるレオリオに少し戸惑った。
なぜかこんなにも、体が熱い。きっと、顔も赤い。
はじめて間近で、初めて見下ろす彼の顔。はじめてこんなに肌に感じた。
予想以上に大きな手。広い肩。――あたたかい体。
こんなにも違うのだ。私とレオリオは・・・
「クラピカ?」
名前を呼ばれて、我に返った。気付けば、彼はいつまでも私を抱き上げている。
どうすればいいのか分からなくて、ただ黙って目線を彼の瞳へ移した。
こうやってまじまじと見るのも、初めて。
こんなに澄んだ瞳だということに
少しだけ驚いた。
「おまえ、華奢だ華奢だと思ってたけど、ホントに細いな。こんなに軽いし・・・柔らかいし」
レオリオは小さく笑うと、そのまま歩き始めた。
「・・・は、はなせっ」
「やーだよ」
レオリオの行動に、言葉に、目線にすべてに動揺させられる。
理解しがたい。自分が。
それよりも、徐々に高鳴っていくこの鼓動が、彼に聞こえてしまわないかと不安だった。
そのまま何メートルか歩いて、丁度いい高さの岩に静かに座らされた。
もっといつものようにぶっきらぼうでいいのに・・・そんなに優しく扱われたら、文句の一つも言えない。
レオリオも私の前に腰を下ろしてトランクを開けると、医療品を取り出し始めた。
いつも気の抜けたような顔しか見せないから
こんな真剣な顔をされると、正直困ってしまう。
原因が私なのだから、尚更だ。
「足だけか?」
「・・・ああ」
レオリオの手が右足に触れた。
当たり前のことなのに、思わず身体が強張ってしまう。
手早く靴を脱がされて、膝上まで裾を上げられる。
「あーあ、こんなに血ぃ出てんじゃねーか。どういう転び方したんだよおまえは」
他人に――しかも男に素足を見せるのははじめてだった。
恥かしい。情けない。
「・・・どうした?
「いや・・・大丈夫だ」
「ほんとか?顔真っ赤だぞ」
いちいち指摘しないで欲しい。
そんなこと口に出せずに
ずっと黙っていた。
「よーし、完璧」
「・・・ありがとう」
医者志望だけあって彼の応急処置は見事だった。
真っ白い包帯には、少しだけ血が滲んでいる。レオリオはそれが気になるようだ。
「おまえ、だいじょぶか?痛くねーか?」
しつこいくらいに心配してくる。
でも
嫌じゃなかった。
「んー、それじゃあ歩けないだろ?」
「大丈夫だ、これくらい・・・」
一歩足を踏み出せば、全身に走る痛み。
結構派手にやってしまったらしい。・・・不覚。
「ほらみろ。じゃ、決まりだな」
そう言う彼は、前を向いてしゃがみこみ、
「それ、治るまでおぶっててやるよ」――と。
遠慮する私に、
「バカ。無理して足引きずって試験落っこちた、なんて馬鹿馬鹿しいだろ。
未来の医者の言うことは素直に聞くもんだぞ」と、レオリオは言う。
二度も「バカ」と言われた。まったく失礼だ。
でもそんな彼の口調が可笑しくて、思わず小さく笑みが漏れた。
「クラピカ」
「なんだ?」
「・・・笑った顔、かわいいぜ」
満面の笑みでそんなことを言われた矢先。
レオリオは私を背中に負ぶって、軽快に歩き始めた。
・・・これは試験なのだぞ?いつ誰が攻撃してくるか分からない。そんなに陽気な受験生がどこにいる?
そんな言葉を押し殺して、そっとレオリオの背中に頬を寄せた。
甘い香水の香り。大きな背中。なんだかすべてに胸が痛くなる。
「なー、クラピカー」
「・・・・なっ、なんだ?」
「おまえ、やっぱかわいいよ」
この胸のトキメキは――
彼が私の隣にいるかぎり、どうやらずっと続くらしい。
実は「96 運命」の類似品。お暇だったら読み比べてみてください。
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