これだから人間の心理というものは困る。
実在しないものにいちいち恐れていては何も出来ないというのに。
そんなもの、科学的に分析すれば人の恐怖心が生み出す幻像であり、錯覚だ。
それでも今、私はとんでもない窮地に立たされている。
夜
「―――・・・」
眠れない。いくら寝返りを打っても、瞳を強引に閉じてみても、布団をかぶっても、眠れない。
慣れないベッドだからだろうか―――。
いや、そんなのはここ数年で慣れてしまったのだから、それは無いに等しい。
今日は疲れているはずなのに――。
左には、3つベッドが並んでいて、それぞれの寝息が聞こえる。
すぐ右には、ドア。ベランダからは一番遠い北側に位置している。
もう一度寝返りを打って、左を向くと、レオリオの顔が見えた。
―――そういえば、彼の寝顔をまともに見るのは初めてかもしれない。
いや。今はそれどころではない。
気になるのは左端の天井だ。どうしても、あの異様に黄ばんだ箇所が気になる――。
そして、何故かそこを直視できない。
何かの、気配だけは感じるのだ。
それに、不規則に聞こえてくる木が軋む音――。
これは、いわゆる心霊現象というやつだろうか。
そういえば、ここら一体は有名な心霊スポットだと試験管の一人が言っていた。
それを考えると――つじつまが合う。
考えれば考えるほど、眠れない。
どうしたら――よいのだろうか?
熟睡しているゴンやキルアを起こすのも気が引ける。
何より、こんなことで眠れない自分を知られるのは嫌だ。
特に――レオリオには。
「おまえ、幽霊が怖くて寝られなかったのかよ?やっぱまだ子供だな〜」
なんて笑いながら、私の頭をポンポンと叩くに決まっている。
そんなこと、私のプライドが許さない。
―――が、今はそんな悠長なことを言っている余裕は無いのかもしれない――
あまりに意識しすぎて、廊下から足音まで聞こえてきたのだから。
一体何なんだ、この館は。
もう、限界だ。
私は目を瞑ったまま勢いよくベッドから這い出して、
一瞬のうちに隣のレオリオのベッドの中へもぐりこみ、彼の掛け布団を奪った。
狭いベッドの中で、丁度私の顔はレオリオの胸に押し付けられる形になった。
規則正しく聞こえてくる、静かな鼓動の音。
こんなにはっきり聞こえるのは初めてで。
―――困る。
これではますます眠れない。
得体の知れない恐怖からは解放されたものの、今度はこの男――。
「あ・・・あのー、クラピカさん」
頭の上から聞こえた小さな声。それは明らかにレオリオの声で。
「これは一体・・・」
レオリオは硬直したまま、私に問いかける。
さっきまで起きる気配など無かったくせに、つくづく都合の悪い男だ。
「何も聞くな!しばらくこうしていてくれ」
正直、私は動揺していた。
こんな・・・こんな夜這いみたいな真似をして、変に誤解されたら、変な気を起こされたら
―――更に困る。
「いや・・それはいいんだが・・・落ちるぞ?」
「え?」
そう、シングルベッドに2人――なんて無理な話。
もっとも、互いが密着しあえば別だが――
私の体はベッドの端ギリギリで、少し動いただけでも落下しそうで。
ここで落ちたら、一生間抜けというレッテルを貼られそうな気がして。
何としてでもこの状況を回避せねば――
「も、もう少しあっちへつめろ!」
「んなこと言われたって、オレだってギリギリなんだよ」
平然と答えるレオリオ。
なすすべがなく、沈黙が続く。
「じゃあお前もっとこっち寄れよ」
ば、馬鹿か、お前は!これ以上距離を縮めたらまるで抱擁を交わしているようではないか!
「っ・・こ、困る!」
「オレは大歓迎なんだけど」
そんなに嫌なら自分のベッドに戻れという話だが、
――それも無理な話で。
そんなことをあれこれ考えていて
気が付いたらレオリオの長い腕に抱きしめられていた。
状況を把握するのに暫し時間がかかったが、もちろん私は抵抗した。
「いってぇよ馬鹿力。落ちるって言ってんの」
というか、こんなに騒いでいてはゴンとキルアが起きてしまう。
もちろん
もちろん心の底から嫌な訳ではなかった。
本気で嫌なら殴り飛ばして逃げ去っているところだ。
「いいから早く寝ろよ。明日もキツイ試験なんだからよ・・」
レオリオは眠たそうな声で、まるで小さい子供を寝かしつけるかのように私の髪をゆっくり撫でた。
抱きしめられた体は確かに熱くて
一緒のベッドにいることは事実で
なんだか、心地よかった。
レオリオは
こうやって誰かを抱きしめることに慣れているのだろうか?
愛しいという気持ちを伝えたくて、誰かを抱きしめたことは
あるのだろうか。
そう考えると
少し複雑だった。
何故かは分からない。
そんなこと、私には関係ないのに。
「・・・・おやすみ、クラピカ」
視界を遮られて上の方にある彼の顔は伺えなくて、
抱きしめられて身動きも取れなくて、そして聞こえたのは優しい声。
別に夢でもかまわない。
この満たされた気持ちは変わらないのだから。
-------------------翌朝
「・・ルア・・キルア!起きてよ、ねぇ〜」
「・・・・・ん〜なんだようっせぇな〜もう試験開始かぁ?」
「違うよ〜クラピカがいないんだよ」
「はぁ?トイレじゃねーの?」
「だって靴あるし・・」
「ったく世話の焼ける薀蓄博士だなー
・・・おっさん!いつまで寝てんの、クラピカが・・・」
「「・・・・・いた」」
ハンター試験中、ちょっと立派なホテルに4人同室・・・という勝手な設定にしてみました。
でもよく考えると、幽霊を怖がるような人ではないよね・・・ピカさん。
翌朝、ピカがベッドにいないことに気付いたお子様たちは
レオリオのベッドで抱き合って寝ている2人を発見するという、普通すぎるオチ。(笑)
目が覚めたら、ピカは「離れろ馬鹿者ーーー!!!」とか言ってレオリオに殴りかかりそう。
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