「もういい。ここを出て行く。世話になったな」
「ああ、とっとと出てけ。あばよ」
やはり無理だったようだ。
私たちは離れることができないらしい。
お茶
いくら愛し合っていても
四六時中笑顔ではいられない。
ケンカなど日常茶飯事。
私たちの場合はケンカの方が多いように思う。
それでもすぐに仲直りしてしまう。
いつもレオリオが折れる。
私はそれを待っている。
その繰り返し。
愚かだと思う。しかしたまらなく愛しい。
――ケンカの原因?
そんなものあげればきりが無い。
理由らしい理由など見当たらない。
そういうものだろう?
とにかく私たちは「ケンカするほど仲がいい」ようだ。
しかし今回は違った。
「おい、どういう意味だよ」
はっとした。
・・・言ってしまった。
心にもないことを。
後悔しても
遅い。
「それってオレと一緒にいたくないってこと?」
怖くて振り向けない。
私に失望している彼の顔なんて、見たくない。
見てしまったらきっと一生頭から離れない。そしてきっと苦しい。
「・・・わかったよ。じゃあ出てけばいいだろ」
溜息のあとに言い放たれたこの言葉。
指先まで硬直して
目の前が暗くなる。
幻聴だと
思いたかった。
そんな意味で言ったんじゃない。
そんなこと思ったこともない。
気付いたら言っていた。
でも
そこまで言わなくてもいいじゃないか。
出て行け、なんて
いくらなんでも酷くはないか。
先にレオリオを傷つけたのは私なのに
自分に都合よく物事を運ぶ。
いつから私はこんな卑怯になったんだ。
きっと彼から出た言葉があまりにもショックで
混乱していた。
いつもいつもレオリオのほうが大人で
私を許してくれた。
そんなレオリオが今、私を拒絶している。
それが大きなショックだった。
同時に自分の愚かさに嫌気が差した。
「もういい。ここを出て行く。世話になったな」
逃げることしかできない。
許しを請うことも
自分の過ちを素直に認めることも
できなかった。
「ああ、とっとと出てけ。あばよ」
そして私に顔を見せることなくこう言ったレオリオの姿が、涙でにじんだ。
身分証明と
財布と
――レオリオのアパートの鍵。
さっきまでいた部屋の鍵。
財布についている。
これだけを持ってきた。
別にこれ以外は必要ない。生きていける。
鍵を捨てることは
できなかった。
日が暮れ始めた。
もう、あれから数時間・・・
帰るところが無い。
今日はビジネスホテルに泊まるしかない。
とてもじゃないが
レオリオのところには帰れない。
「あんなこと」を言ってしまった私も私だが
「出て行け」なんて言ったレオリオもレオリオだ。
自分を正当化し続けて
夜を明かした。
それから3日たった。
幸いというかあいにくというか、私は仕事だった。
だから寝床も心配ない。
レオリオも昨日今日と仕事のはず。
できるだけレオリオのことを考えないようにした。
レオリオは今どうしているかだろうかなんて
考えない。
私の事を気に留めているなんて
思えない。
いったいいつまで
この状態が続くのか。
それから一週間、二週間。
レオリオのいない一人きりの生活は
淡々としていた。
会えないときは電話とメールが楽しみで仕方なかった。
頼んでもいないモーニングコールや
おやすみ、のメールのやりとり。
今日は雨が降ってるから気をつけろよ、とか
そういうメールや電話が
ひどく嬉しかった。
そんな彼を
心から好きだった。
今もこんなに
好きなのに。
・・・
「・・・ちくしょう」
朝起きて
隣にクラピカがいないことに気が付いた。
そして昨日のことを思い出した。
あれはケンカっていうか
別れ話に近いやりとりだった。
もちろんオレはそんなつもりはなかった。
きっとクラピカも――本気で「あんなこと」を言ったのではないと思う。
ただ、実際に言葉にして言われると
ショックは大きかった。
だから「出て行け」なんて言ってしまった。
そして
この顛末。
「なんなんだよ・・・」
時間を昨日に戻して欲しい。
「・・・病院行かなきゃ」
働き始めてまだ1年。やるべき事は山ほどある。
生きがいも
充実感も感じていた。
しかし
なんだ
なんだこのだるさは。
「おい、もっとしゃきっとしろ!そんなことで1日乗り切れると思っているのか」
こういうとき、いつもなら聞きなれたあの声がガンガン響くはずなのに
今は誰もオレを叱咤激励してくれない。
友人はたくさんいる。信頼の置ける上司もいる。
だがクラピカはいない。
本気でオレを心配してくれるクラピカは今はいない。
・・・
要するに、二人とも後悔していた。
一人ならせいせいすると思って出てきたのに
出て行かせたのに
この「違和感」をどうしても消せない。
お互いを傷つけることが辛いなら
別れた方がいいんじゃないか?
そう考えた。
なのに
楽しい思い出はなかなか自分の中から出て行ってはくれない。
レオリオの部屋の前で
立ち尽くす。
あれから既に1ヶ月がたっていた。
もたもたしていると彼が出かける為に顔をあわせてしまうかもしれない。
はたまた外出中で、今に帰ってくるかもしれない。
会いたいけど会いたくない。
どうしよう。
今日の最高気温は8度。
そろそろ初雪が降りますねと、ブラウン管の向こうでキャスターが笑っていた。
――手が冷える。息も白い。
ただ彼の温もりを思い出すと
虚しくなるだけだった。
やっぱり、帰ろう。仕事場へ。
もう少しいろいろ考えてみよう。
そして今日も一人で眠ろう。
踵を翻したその瞬間
そっとドアが開く音がした。
驚いて振り返る。
レオリオがドアの向こうから顔を出していた。
その表情は
クラピカの一生のトラウマになりそうだった「失望」の表情ではなく――
「いいからそんなとこ突っ立てないで早くこっちこいよ。
お茶でも淹れてやるからよ」
不器用でぎこちないいつもの笑顔だった。
今夜、素直にレオリオに謝ろう。
そして改めて伝えよう。
レオリオのそばでないと
生きていけないことを。
2008/11/27
クラピカがレオリオに言った「あんなこと」はご想像にお任せします。
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