「好き」という思いを抱いている相手に対して贈り物をするとき
予算の上限を決めない自分がいることに気が付いた。



料理



自分のものを買うとき
出来る限り安値のものを買うようにしている。

自分の好みも考慮するが
とりあえずの基準はやはり安さである。

特に金銭的に困っているということではない。
ということは私はケチなのだろうか。


1年はあっという間に終わりをむかえる。
今年も例外ではない。
気付けばクリスマスの時期だった。

レオリオと付き合い始めてもう何年になるだろう。
毎年毎年、ろくなものをあげていない気がする。

レオリオはいつも私が喜ぶものをくれるのに。


だから今年は、気合を入れて選んだつもりだ。
12月に入った途端に街はクリスマス一色。
ふと目に留まったブランドショップに入ってみる。
このロゴ、見たことがある。そう思ったからだ。

(・・・そうか、レオリオの)
レオリオの身に着けるものはこのブランドのものが多いことを思い出した。
店内はシックで、”いかにも”という雰囲気。

目の前の財布の値段をそれとなく覗いてみると、
(・・・・・・・・・・)
高い。
たかが財布がこんなに高いのか。

なんだか私がここにいるのが場違いな気がしてきた。
・・・もっとちゃんとした格好をしてくればよかった。
不覚。・・・出直してこよう。

足早に店を後にした。


そして後日。
気合を入れなおして再びこの店にやってきた。

これでどうだ。おかしくないだろう。
なにせレオリオが選んで買ってくれたものなのだ。
「ああ、でもこれ以上かわいくなったら心配だなあ」と言いながらいつも私に似合うものを探してくれる。

そんな世話焼きなレオリオが、好きなのだ。
まったく、どこまで私を惚れさせれば気が済むのか、あの男は。



「お客様、なにかお探しですか?」
店内を歩き回っていると、男性の店員が愛想よく私に声をかけてきた。
振り返る私の顔を見る前に彼はにっこり笑ってこう言った。
「恋人へのクリスマスプレゼント、ですか?」

首もとのいかにもペアらしいネックレスを見て、そう思ったのだろか。
それともこの時期に一人で来る女にはそう声をかけろと指導されているのだろうか。
どちらにしろ、当たっていた。


レオリオがこのブランドをとても好きなこと、なにをあげたら喜ぶかわからないことを彼に伝えた。
「ああ、それでしたらこちらはいかがでしょう。今冬の新作なんですよ」

案内された先にはずらりと並ぶネクタイ。
そうか、ネクタイか。その手があった。

新作、というのだから、きっとレオリオも持っていないだろう。
”オレ、これ欲しかったんだよなー、うそ、くれるの?ほんとに?ありがとクラピカ”
そう言って目を細めて笑うレオリオの顔が目に浮かぶ。


今年はいいプレゼントを買えた。
・・・財布は寒くなったが。





今年のクリスマスは会えない。
二人ともなにかと都合があわない。
だがいい。
クリスマスにこだわる必要はない。
いつかは会えるのだから。その日を楽しみに待てばいい。

12月24日に着くように――
綺麗にラッピングされたギフトボックスをレオリオ宛に送った。





ホワイトクリスマス。
24日、雪が降った。テレビをつけるとそのことを嬉しそうにキャスターが話していた。
クリスマスだろうがなんだろうが
仕事である。
私の横を楽しそうに並んで歩くカップルとすれ違っても
僻んだりはしない。
気持ちが繋がっているだけで
十分なのだ。それだけでもう贅沢なのだ。

その証拠に、こんなメールが来た。


【プレゼント届いたぜ。欲しかったんだよなあ、これ。ありがとな。
オレのほうなんだけど・・・今年はちょっと金がなくて、たいしたもんじゃないけど、おまえが帰る頃には着くようにしといたから、喜んでくれると嬉しい。
じゃあな、風邪引かないように。メリークリスマス】


”欲しかったんだよなあ、これ。”
ふふ、そうか。やっぱり。
買ってよかった。

早く帰ろう。もう9時だ。
きっと今頃レオリオからのプレゼントが届いている。
雪を踏みしめながら部屋へ急いだ。






(・・・!)
鍵が
空いていた。
ドアノブに触れる前に
分かった。


仕方ない。私は狙われる身。
しかしこんな日くらいトラブルは避けたいものだ。
臨戦態勢を整え、そっと部屋の中へ入る。
電気もついている。

・・・しかし。
”いい匂い”がする。
ガスの臭いでも
血の臭いでもない。

料理の匂いがする。


「あっクラピカー遅ぇよー。
せっかくのレオリオスペシャルクリスマスメニューが冷めちまうじゃねえか」

いつもろくに自炊もせず
外食ばかりだった。
そのためキッチンは第2の洗面所と化していた。
だからいつも殺伐としていた。

それが今は。
やわらかい照明と、色とりどりの食材。
いい香り。そして。

「レオ・・・リオ」
「なんだよその顔。メールしたろ?帰ってくる頃には着いてるって」
自前のエプロンをして
鍋つかみを手にして私に歩み寄る。
こういう格好が、彼には不似合いすぎて、似合う。

確かに彼には合鍵を渡してあった。
ほぼ使うことの無いだろう合鍵を。


「なんで・・・」
「なんでって・・・だって会いたかったんだもん、しょーがねーじゃん。
つーか、そんな驚くなよ、メールしたじゃん」
「・・・主語をきちんと入れろ!あれでは分かるわけ無いだろう」

久しぶりに見る彼の顔。確かにそこにいるという存在感。リアルな声。
そしてあたたかい空間。
その一つ一つを噛みしめる前に
涙がこぼれそうだった。

真白なワイシャツに映えるネクタイは、クラピカが贈ったものだった。
ああもう、よく似合う。ほんとうに。


「ほらほら、ケーキもつくった」
「・・・ああ、ありがとう」
「おいしいワインも調達してきた」
「ああ・・・」
「今夜は寝かさないぜ」
「なっ、なにを言う」



「・・・あと、今年オレ、金ないって言ったじゃん?」
「ああ」
「こんなことくらいしかできなくってごめんな。
その代りっちゃなんだけど、これ、さっき拾ってさ」

予想外の言葉に驚きつつ、レオリオはポケットから小さな箱を取り出した。
クラピカの目の前でその箱を開ける。

「・・・・」
「受け取ってくれる?」


指輪だった。
新品以外の何物でもなかった。

「ほんとうに拾ったのか?」
「ほんとほんと。あっちなみに指輪の裏は見るなよ?拾いもんだってバレるから」

まるでそれを促すかのように
箱から指輪を取り出しクラピカの手のひらに置いた。

「・・・ほんとうに拾ったのか?」
「ほんとだって」

くっきりと刻まれた文字。
「僕から君へ」。それは紛れも無く、愛しい彼の名前。
ふとレオリオが差し出した、一回り大きいもう一つの同じ形の指輪。
同じように、クラピカの名前が刻んであった。

「・・・・・・めずらしい、同じ名前のカップルがいたとは」
「ほんとだよな」

レオリオが顔をゆがませている。
しきりに笑いをこらえているように見える。

私もつられて顔を赤く染めて肩を震わせながら笑いをこらえた。

「ご丁寧に保証書までついているぞ」
「えっまじで?」

この指摘は計算外だったらしく、レオリオは慌てた。
おそらく抜き取ったはずだったのだろうが。

「ほう、今日の日付じゃないか。おや、この署名、おまえの字にそっくりだが・・・」
「勘弁してくださいクラピカさん。ちょっと照れ臭かったんです」

”金がない”とごまかして。
”拾った”だなんて嘘をついて。
でも、そうでもしないと恥かしくて仕方なかった。
ちくしょう、女の子か、オレは。


赤い顔で微笑むレオリオを、その細い腕でやわらかく抱きしめた。
「レオリオ、ありがとう」

こんな夢のようなことがあっていいのか。
それほど、嬉しかった。
レオリオがここにいるだけで十分すぎるのに。






レオリオの作った料理はおいしかった。
特にやや小さめなホールケーキは、格別だった。
ケーキ作りは初めてだったらしいが、初めてでこんなに美味しく出来るなんて。脱帽した。

「そうそう。オレ、今日からここに住むから」
突然の彼の言葉に、クラピカが発した言葉はこうだった。

「なっ、私に出て行けというのか?」

彼女は本気だった。本気でそう受け取り、本気でそう思ったのだ。
その一言から「一緒に住もう」という意図を読み取れなかった。

こんな女はきっと他にいない。
こういうクラピカがたまらなく好きなのだ。


「そうだな、とりあえず明日の朝飯は二人で作ろうか」

この狭いキッチンで並んで料理をする現実は
もう、すぐそこまで来ている。



2009/01/14
ほんとはクリスマス話としてアップするはずでした。間に合いませんでした。

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