こんな日でなきゃ素直になれない自分だから。




チョコレート




「センリツ、その・・・相談がある」
電話越しのクラピカの声は強張っていた。
「あらなぁに?めずらしいわね。もしかして旦那さんと上手くいってないの?」
旦那さん―――というセンリツの言葉に、クラピカの頬は紅潮していく。

もちろんまだ、旦那さん、なんて呼べる間柄ではない。
その気配がないわけでもないけれど。

「そうではなくて・・・明日は2月14日だろう?だから・・・その、レオリオに」
明日はバレンタイン。恋人たちの大事なイベント。
クラピカはそれまで、2月14日という日は、
「殉教した聖バレンタインを記念する日」としか受け止めていなかった。
だから、特別な日だという認識はなかったのだ。去年も、特に何をするわけでも無かった。

「やはり、何かあげたほうが良いのだろうか?」
クラピカはこういうことには疎いから。
それはレオリオもセンリツも知っている。

「何かって・・・やっぱりチョコが一番いいんじゃないかしら」
「・・・そうなのか?」
「そうよ?知らなかった?」
「・・・ああ」

仕事の時の彼女とは別人のような可愛らしさに、センリツはついクスクスと笑う。
博学なクラピカなら、何でも知っていると思ったから。

「何がおかしい?」
照れたような、怒ったようなクラピカの口調。さっきから安定しない心音。かわいいわ、ほんとに。

「ごめんなさい、何でもないわ。でも、あなたがチョコをあげたらきっと喜ぶと思うわよ?彼」
「・・・手作りのほうがいいと聞いたが」
「そうね、でも気持ちがこもっていれば市販のチョコでも充分よ」
「そうか」

クラピカはホッと小さく息をつく。
正直、自分の料理の腕に自信はない。何を作っても失敗してしまう。
でも、こげたトーストも、辛すぎるカレーも、レオリオは美味しそうに食べてくれた。
その笑顔が大好きで、レオリオの喜ぶ顔が見たいから。
そう思ってセンリツに電話をした。
彼女に相談してよかった、とクラピカは心底思う。
「あと、頼みがあるのだが・・・」


・・・・・


「・・・あれ?クラピカ?」
目が覚めて、隣に寝ているはずのクラピカがいない事に気が付いた。
慌てて飛び起きて、家中を探し回ったが見つからない。
今日は2月14日、バレンタインデー。
こんな肝心な日に、クラピカがいない。
バレンタインを男一人で過ごすなんて、寂しすぎる。

「何処行ったんだよクラピカー・・・」
机の上の写真の中のクラピカに力なく問いかける。
が、もちろん返事など返ってこない。
「あーあ・・・・」


・・・・・


「・・・レオリオ・・・レオリオ!」
虚ろな目を開けると、クラピカの顔が視界に入ってきた。
そうだ、オレ、寝ちまったんだ・・・。
窓の外はもう薄暗くなっていた。オレは相当長い昼寝をしていたらしい。

「・・・・ってクラピカ、おまえ、朝からどこ行ってたんだよ?」
せっかくのバレンタインだってのに。
拗ねたような口調でクラピカを軽く睨んだ。
そんなオレのささやかな攻撃も、「すまない」の一言であっさりとかわされて。
オレにだけしかきかない、クラピカの得意技。

「あの・・・そのな、レオリオ」
「なんだよ?」
やけに改まった口調に態度。
クラピカの頬がいつになく赤く染まっている気がするのは、やっぱりオレがまだ寝ぼけているからだろうか。

「今日は、バレンタインだろう?
だから・・・センリツに無理を言って一緒に作ってもらったんだ。
でも成功したのはこれだけで・・・」

クラピカが取り出したのは、お世辞にも綺麗とはいえないラッピングに包まれたホワイトチョコ。
丸一日かけてこれ一個だけなんてある意味凄いような気もするが。
「・・・どうだ?不味くないか?」
心配そうにオレの顔を覗き込むクラピカに、「美味いよ」と一言。
”あまり甘いのは得意ではないと言っていたから。”
クラピカはホッとした笑顔でそう言った。

「オレ、そんなこと言った?」
「言ったではないか、いつか・・・」
困り果てるクラピカの腰をぐいっと引き寄せる。
「やっぱオレ、甘い方が好きだわ。だからさ、クラピカをイタダキマス」

チョコよりも、何よりも。
嬉しいのはその笑顔。

2005/02/14 Happy valentine.


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