あなた・・・ホッとする。
緩やかで広がりがあって、あたたかい音。

この街で会った誰よりもいい心音がするわ。




トラウマ




空港での別れ際、センリツはそう言った。
――それならば、オレは少しでもアイツの役に立てるのだろうか。
少しでも、アイツの支えになるのだろうか・・・

それを聞き、考えたのはまずそれだった。
きっと彼女にはオレの考えなんて、お見通しだったに違いない。
だから最後に一言、こう付け加えたのだ。

「そんなに気負わない方がいいわ。あなたの心音に癒される女性は、あなたのすぐそばにいるもの」
にっこり笑ったその瞳は、オレの心を透かしていた。


クラピカが目を閉じたときに最初に浮かぶのがオレであってほしいと
ずっと思っていた。
しかし今は
クラピカの緋色の瞳には蜘蛛の影しか映らない。




クラピカは慢性的な不眠症だった。
誰かの前で、熟睡したことなどない。
当たり前のようにオレにそう話してくれた。

「ここ数年、ゆっくり寝たことなどないのだよ」

オレにはその言葉が重く感じた。

いつ何が起こってもいいように
常に緊張状態を保っている。
それはハンター試験が始まってからというわけではない。
ひとりぼっちになったその日から
そうせざるを得なかった。
生き延びて復讐を果たすためには。



オレと暮らすようになってからも、クラピカはよく夜中に目を覚ました。
すべては終わり
平穏な生活を手に入れたはずなのに。
クラピカは未だに自分と闘い続けている。

これはもう一種のトラウマだ。
隣で起き上がる気配に気付き、オレも一緒に起きてしまう。
クラピカはそんなオレに申し訳なさそうに「すまない」と謝った。

そういう時、オレは決まってクラピカを抱き寄せて、子供をあやすように頭を撫でてやる。
いつだったか。こう言ったことがあった。

「なあ・・・もう、全部忘れちまえよ・・・」
「そうだな・・・それが出来たらいいな」

それは何よりも無責任で、身勝手な言葉だった。
何気なく言ってしまったオレの言葉を、クラピカは何も言わず受け止めた。


気付いたとき、後悔をしても遅かった。

オレは結局、クラピカの為になにがしてやれるのか。
こうして傷つけてばかり。


そんな折
あのときのセンリツとの会話を思い出す。

「クラピカ、愛してる」
「・・・・なんだいきなり」

ベッドに入り、未だに寝付けないでいる。
オレは隣のクラピカを抱き寄せて、こう囁いた。

「今日はさ・・・こうやって、オレの心音聞きながら寝てみてくれよ」
クラピカの小さな頭を自分の胸にぴたりとくっつける。
「オレの心音はあのセンリツのお墨付きらしいからさ」

クラピカはしばらくして、
「・・・すごくいい心地だ。これなら・・・ゆっくり寝れる」
そう呟いて、共に眠りについた。






翌朝。
先に目を覚ましたのはオレだった。

オレの胸にくっついて
クラピカは気持ち良さそうに眠っていた。
昨夜は
一度も起きていないようだ。


これまで朝は顔色が悪く元気がなかったが、
今朝はなんだか寝顔が明るく、幸せに満ちているように見えた。

どのくらい深く寝入っているのか、試しに手を握ってみる。
・・・反応なし。
耳に息を吹きかける。
・・・またもや反応なし。
代わりに聞こえてきた寝言。
「・・・レオリオ・・・」


まぶたを閉じて
夢の中で
オレのことを思ってくれているのだろうか。
もうクラピカが怖い夢に悩まされることはない。



2008/08/27
原作でのレオリオとセンリツのやりとりがとても印象的だったので。(13巻参照)
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