「え?」
今日はクリスマス。
こんな私でも、レオリオと会えるのを楽しみにしていた。




羽根




「そうか・・・わかった。――そんなに気にするな。そんな、情けない声を出すな。
・・・ああ、ああ、わかった。気をつけるのだよ。・・・じゃあな」

電話というのは
特に一番親しい人との電話というのは
何よりも嬉しいものだけれど、切った後の寂しさは、計り知れない。

そう、私は寂しかった。電話を切るだけで寂しかったのに
悲しげに「ごめんな」というレオリオの声が、更に私を寂しくさせた。


「わりぃ、今日・・・そっち行けなくなっちまった。大雨で交通機関が麻痺しててさ、身動き取れないんだ。
――遠いよなあ・・・海の向こうにいるんだもんな、おまえ。
なあ、こうなったら泳いで行ってもいいか?・・・えーなんで。大丈夫、死なねーから。
・・・はいはい、わかったよ。おとなしくしてるよ。でも、今日クリスマスだもんな・・・会いたいな」


レオリオは海の向こうにいる。そんなに多く会える訳ではない。
一緒に暮らしたいなんて、そんな幸せで自分勝手なこと、考えたことはなかった。
考えただけでもばちがあたりそうだった。

今日はクリスマス。こんな私でも、レオリオと会えるのを楽しみにしていた。
何ヶ月も前から、この日だけは仕事を入れないようにしていた。
クリスマスが好きなわけではない。クリスマスの日に、本当に嬉しそうに私に会いにきてくれるレオリオが大好きだった。

私のいるところはこんなに綺麗な青空が広がっているのに。
海の向こうは大雨だという。

ベッドと本棚しかない私の殺風景な部屋に置かれた、小さな小さなクリスマスツリー。
とてつもない違和感を漂わせながら、ピカピカ光っていた。
レオリオが「クリスマスはおまえのところ行くからさ、ちゃーんと準備しといてくれよ?」なんて、言うから。
恥かしかったけど、クリスマス用品を買い込んでしまった。


小さなテーブルに並べたワイングラスと食器。
「たまにはさ、おまえの料理が食べてみたいな」
だから、レオリオの為に、慣れない料理をしようと思った。

しかしもう必要なくなってしまった。
どうしようか。今日一日。そうだ・・・読書でもしよう。読みかけの本があったはずだ。
そう思って本を手に取る。しかし、何一つ頭に入らなかった。
モヤモヤする。

頭を
冷やそう。

ケータイも持たず
財布も持たず
コートも着ないで
散歩に出かけた。





三十分後、ようやく帰る気になった。この際寝よう。そういえば明日は仕事があるし、日頃の寝不足解消のいい機会だ。
無理やりにでもそう思わないと、涙が出そうだった。


エレベーターで5階まで上がり、自室へ急ぐ。
そして私は眼を疑った。
玄関のドアが蹴破られている。
敵襲?――しかしこの場所が敵に割れるなんて絶対に有り得ない。

警戒しながら部屋の中へ入ると、ふと甘い香りがした。
甘くて懐かしい、何よりも愛しい香り。

レオリオの香水だった。
敵じゃない。レオリオが来たのだ。
踵を翻して、私は駅へ走った。



待ち合わせのとき、レオリオを見つけるのは至極簡単だった。
あの長身である。どんなに人ごみの中に紛れていても、ちょっと背伸びして見渡せば、たくさんの人の中で頭一つ分だけ飛び出ている彼を発見できる。
今回も例外ではなかった。駅は大変な混雑だった。いるという保障はなかった。もう行ってしまったかもしれない。もしかしたらレオリオではなかったかもしれない。しかし遠くにレオリオを見つけることが出来た。
やっぱり来ていた。来てくれていた。
人ごみを掻き分けて、見失わないように、前へ進んだ。

「・・・・っ、待て!」
やっと追いついた。見慣れた後姿。それだけで胸がいっぱいだった。
ぐっ、と強く腕を掴んだ。離れないように、はぐれないように。

レオリオは驚いたように振り返る。眼が合うと同時に、抱きしめられた。
レオリオは
感情表現が豊かで
嬉しければ痛いくらいに抱きしめてくるし
怒れば鬼のような顔をして、まっすぐぶつかってくる。

私にはそんなことが出来ないから、最初は戸惑った。どう応えていいのかわからなかった。
それでも、たくさんお互いの時間を分け合って、ようやくその答えを得た。

私も
同じように接すればいいのだ。

嬉ければ抱きしめ返せばいいし
愛していると伝えたいならキスをすればいい
悲しければ泣けばいいし
怒っているなら思いをぶつければいい。

そして今も、負けないくらいに抱きしめ返せばいいのだ。

「・・・おい、いてえよ、馬鹿力」
「私だって肋骨が折れそうだ」

最初に交わしたその会話には、微笑が混じっていた。

「――ったく、おまえさあ、ケータイを置いて出かけるなっての!
何回電話したと思ってんだよ?部屋の中から着信音が鳴りっぱなしで、何かあったんじゃないかと思ってよ・・・鍵かかってたから思わず蹴破っちまったよ。どこ探してもいねぇし・・・で、駅まで探しにきた。でもよかった。会えて良かった。ほんっと、心配したぜ・・・」

「だって・・・おまえ、来れないんじゃなかったのか?まさかおまえ、本当に海を泳いできたのか!?」
その言葉に、レオリオは私を抱きしめたまま苦笑する。
「ばーか。んなわけないだろ。オレだって一流のハンターなんだぜ?」
そう言うと、まるで少年のように微笑んだ。

「おまえの声聞いたら、抱きしめたくなって・・・飛んできちまったよ。メリークリスマス、クラピカ」


どうやって来たのだと訪ねると、”背中に羽根が生えたから飛んできた”。
――この男なら、有り得るかもしれない。

2007/12/25 Merry Christmas!



特別な日。やっぱり、大切な人に会いたいです。
玄関のドアを蹴破るレオリオが地味にツボです。
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