たまには本音をきかせてあげよう。
ことばにならないくらい愛してる。






お酒






「・・・馬鹿にするな、私はもう子供じゃないんだ。酒くらい飲める」

クラピカは不機嫌そうに綺麗な眉をしかめて、俺の持っていた缶ビールを奪うように取ると、
一気に缶の中のビールを、のどを鳴らして飲み干した。
その無謀ともいえる大胆な行動に、一緒にいたゴンとキルアも思わず後ろに退いた。

「お、おいおっさん!どーすんだよ!」
「そうだよレオリオがあんなこと言うから〜」
俺の両脇で二人が小声で騒ぎ出す。そう、もともとの原因は、このお子様たち―――・・・



正午過ぎ、ゴンとキルアが俺のアパートへ遊びに来た。
”勉強頑張ってる?たまには息抜きしなきゃだめだよ”と。
クラピカもたまたま仕事に暇ができて、久しぶりに4人揃ったという訳だ。

そして、事の起こりは1時間前。
キッチンの端の冷蔵庫に置いてある数本の缶ビールを、ゴンとキルアが見つけたことだ。

「あー!おっさん、冷蔵庫に酒入ってるぜ!」
「ホントだ!」
「お前ら人んちの冷蔵庫勝手に開けんな!」
だがもう遅い。

「なーなー、飲んでいい?」
「え?キルア飲むの!?」
「俺一度飲んでみたかったんだよね〜。じゃ、もらうよおっさん。」
「は!?お前ちょっと待っ・・」

「・・・・・!!?まっず!何これ苦ぇ!」
キルアは少し口に含んだだけで、ゴホゴホと咳込みはじめた。
「あったりまえだろ?お菓子ばっか食べてるお子様には飲めねーよ」
キルアの持っていた缶を取り上げて、小さな背中をポンポンと軽く叩いてやる。
甘党であろうキルアの口には合わなかったようだ。・・・いや、それ以前の問題だが。

「ちぇー。・・・あ、じゃあクラピカは?」
一つしかない小さなソファを独占して静かに読書していたクラピカに、キルアは飲酒を持ちかける。
「私はいいよ。苦手なんだ」
さらりと返事を返して、また本に目を戻す。

「なーんだ」
キルアはつまらなそうにそっぽを向いた。
「ま、クラピカもまだまだ酒が飲めるトシじゃねーからなー」
俺の何気ないその一言に、クラピカは本をめくっていたその手を止めた。

「・・・どういう意味だ」
「だーかーら、お前はまだまだ子供だって話」
(おいおいおっさん・・・)
(あ〜あレオリオ〜・・・)
「・・・馬鹿にするな、私はもう子供じゃないんだ。酒くらい飲める」



そして、この顛末。
クラピカは勢いづいて、テーブルの上にあったワインにまで手を出した。
いつもは白い頬が桃色に火照っていて、立ち上がったらその場に倒れてしまいそうなほど酔っている。

一方、自分が飲めなかったことがよほど悔しいのか、キルアはゴンにまで酒を勧める。
「いいじゃ〜んほら飲んでみろって!」
「やだよ!だってすごく不味いって言ってたじゃんキルア!」
「それとこれは別だって!」

結局ゴンは、半ば強引にコップ1杯分を飲まされて、
「〜〜〜みんなさ、俺のこと悩みなさそうで羨ましいって言うけどさ、
俺だって悩んでるんだよ?悩みが無いことが悩みなんだよ!もういいよ俺なんか・・・・っ」
ひとしきり言い終わると、今度は自虐的に泣き始めた。

・・・なるほど、ゴンは泣き上戸か。
ゴンの介抱はもともとの原因を作ったキルアに任せるとして。

「レオリオっ!!もう酒が無いではないか!早く持って来い!
そもそもお前という奴はいっつもいっつも私に迷惑ばかり・・・」
ワインのビンを抱きしめたままソファに埋もれているクラピカは、ちくちくと俺に説教を始めた。

まるで女房の尻に敷かれる情けない夫のようで。
この狭いアパートの一室が、大宴会の会場になってしまった・・・。

「おい、もうその辺でやめとけよ。それじゃ完全に酔っ払いじゃねーか。明日ツラくなるぞ?」
「〜うるはい!酔っれなんからいと言っれいるだろう!」

・・・だから、それが酔ってるって言ってんだよ。
「ほら、ゴンだってもう泣き疲れて眠ってるだろ?お前も早く寝ろ!」
ベッドの上には、ゴンがキルアの肩にすがって深い眠りに落ちていた。

「いい加減にしないと襲っちまうぞー」
少しだけ語調を強めて・・・それでも少しおどけた口調で、クラピカをソファに追い詰める。

クラピカは一瞬肩をすくませて、
「襲えるものなら襲ってみろ、お前にそんなこと出来る訳ないのだよ」
「あー、言ったな?言っとくけど、俺マジだかんな」

それにしても、ビールと少量のワインだけで、よくここまで酔えるものだ。
目は既に鮮やかな緋になっていて、体も相当火照っている。

そして――何を思ったのか、クラピカは瞳に涙を浮かべて泣き始めた。
「おい、俺まだ何もしてねぇよ」
「・・・だって、何だか泣きたくなったんだ」

「・・・訳わかんねぇよ」
「だって好きなんだから仕方ないだろう」
「・・・」
その一言に、なんと返せばいいかわからなくなってしまった。
「・・・確かに私は料理だって上手くないし、薀蓄ばっかり並べてるし、
・・・・・・胸だって貧相だし、我儘ばっかりいってるし・・・」

クラピカは頬を涙で濡らしながら、淡々と言う。
「ああ。それで?」
「・・・・でも、おまえが好きだ」

酔った勢いというのは、ここまで人を狂わせるのか。
真っ赤な顔で、涙を流しながら恥ずかしそうに、俺に好きだ、と。

「おまえ、いっつもそんな風に素直だったらいいんだけどな」
「私はいつだって素直だよ」
「嘘つけ」

きっと、朝になってクラピカが目を覚ましても、今夜のことは覚えちゃいないだろう。
少し――・・残念なような気もするが。

「・・・もう寝る・・」
「そうしろ。ゴンも酔いつぶれてベッドで寝てるから。」
「・・・分かった」
「安心しろよ、寝てる間に襲うなんてことしねーから」
「・・・期待しないでおく」

クラピカは笑ってそう言うと、俺の腕の中で静かに寝息を立て始めた。
「・・・しょーがねぇ奴」

毛布を取りに行こうとクラピカの傍から離れたとき、俺は今、初めてキルアの存在を思い出した。
恐る恐る後ろを振り向くと、そこには複雑な表情でほくそ笑むキルアの姿が――・・・

「・・・おっさん、子供の前で変なことしないでよね。全くこれだから大人ってやなんだよね」
「お、お前、そういう時は気を遣って自分もゴンと一緒に寝るとかすればいいだろ!?」
「だって俺まだ眠くないし〜♪」

・・・まったく、このお子様たちには敵わない。
俺は苦笑して、大きく溜息をついた。




翌朝、ゴンとクラピカが激しい二日酔いに見舞われたというのは
言うまでも無い――




酔っているときが一番素直なクラピカさん。
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