そんなシャツの残り香より、オレをちゃんと抱きしめてくれよ。
匂い
ある日曜日の、うららかな午後のこと――
寝室の床に座り込んで、何処か不器用に洗濯物をたたんでいるクラピカと、
それをベッドの上から頬杖をついて眺めるレオリオ。
そんな彼の視線が気になるのか、クラピカは手を止めて、レオリオを訝しげに見つめる。
「――ん?なに?」
「おまえ・・・そんなにゴロゴロしている暇があったら少しは勉強したらどうなのだ?
もうすぐ試験だと言っていたじゃないか」
毎日は一緒にいられないけれど――
こうして休みの日くらいは愛しい姿を眺めていても・・・バチは当たらない。
こうやって一緒に生活して、帰ってこれる家があることほど
幸せなことなんてないのだから。
「勉強なんかしてられっかよ。せっかくおまえが3日ぶりに帰ってきたってのに」
「私は明日も休みなのだよ。だから、今日1日くらいちゃんと勉強しろ」
「はいはい」
笑いながら返事を返したレオリオの背後から取り出されたのは、
相当使い込まれた分厚いテキストと、一冊のノート。
「なんだ・・・ちゃんとそのつもりだったのか」
「まぁな」
用意周到な恋人に――
内心がっかりした、なんて、口が裂けてもいえない。
レオリオは勘がいいくせに、こういうところではクラピカ並みに鈍感なのだ。
そんな彼の注意をひこうと思ったわけではないけれど――気が付いたら声に出していた。
「レオリオのシャツ・・・・大きい」
クラピカが両手いっぱいに広げている、真っ白なワイシャツ。
「そりゃぁ・・・おまえと同じサイズだったらこえーだろ」
当のレオリオはそんなクラピカの可愛らしい発言に、苦笑する。
「おまえがこんなに大きい体だから・・・ベッドがせまくなるのだよ。おかげでいつも私は落ちそうになる」
大きなシャツをたたむのに苦戦しながら、クラピカは恨みがましく言う。
でも、その口元はかすかに笑っていて――
こんな憎まれ口さえも愛しいと思ってしまうのだから・・・
オレはこんなにもクラピカのこと、はなせないのかもしれない。
そしていつも、こんな彼女を困らせたくなる。
「なんだよ。・・・じゃあ、別々で寝るか?」
横目でチラリとクラピカを見ながら、反応を待つ。
その「間」が、たまらなく待ち遠しい――
「・・それは嫌だ。困る」
さっきとは全く矛盾した言葉をキッパリと言うクラピカが可笑しくて、レオリオは小さく笑う。
「だろ?オレも困るよ」
「・・・なにが可笑しい」
「ああ、ゴメンゴメン。おまえがあんまりかわいいからさ」
まるで少年のように無邪気に笑うレオリオに
いつもドキドキさせられっぱなしだ。
どうにも・・・弱いのだ。この笑顔に。
「・・・まだレオリオの匂いがする」
ふと、クラピカは両手いっぱいのシャツに顔を埋めた。
せっけんの匂いと、愛しい彼の匂いで――
胸が熱くなるのを感じる。
それだけで――
息が詰まる。
「っ、や、やめろって」
幸せそうに自分のシャツを抱きしめるクラピカを見て、
レオリオは顔を赤くして、素早くシャツを奪い取る。
「――こっちより、・・・・オレの方がいいだろ?」
同時に、ベッドから差し出された長い腕が、華奢な体を抱き寄せる。
この真っ白な、洗い立てのシャツと同じ、匂い。
でも、違う。
ふわりと香る香水の匂いと、レオリオ自身の匂いが混ざり合って、
抱きしめられている実感が沸いてくる。
なにより・・・温かい。
「おまえ軽いなー。ちゃんと食ってる?」
気が付けば、レオリオに抱き上げられて、ベッドの上にいる自分。
「ちょ・・・っレオリオ、まだ・・・」
「何もしねーよ。ただこうやって抱きしめるだけ」
自らのシャツに嫉妬した自分を・・・
恥かしくとも、褒めてやりたい。
レオリオはぼんやりとそう思いながら、クラピカの髪に顎を埋める。
同じように強く抱きしめ返してくる細い腕。甘い髪の香り。
一つ一つを確かめるように、また強く抱き返す。
「オレが・・・いないときだけだからな。
そうやって・・・・オレのシャツ抱きしめていいのは・・・・」
「・・・わかってる」
「オレがいるときは、ちゃんとオレのこと抱きしめててくれよ」
クラピカの髪を優しく撫でながら、レオリオは嬉しそうに微笑んだ。
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