好きだ。
愛してる。
おまえだけ。
いつもいつも不安でたまらないから、
おまじないのように繰り返す。クラピカの耳元で。
だから。
他の奴なんかには
――絶対に渡さない。
嫉妬
「レオリオ、ただいま」
――返事は、無かった。
「・・・?」
いつもなら、必ず玄関先まで迎えに来てくれるのに。
――あの大好きな笑顔を
はやく見たかった。
クラピカは不審に思いながらも、ゆっくりと部屋の中へ入る。
時刻は8時過ぎ。確かにいつもより遅いけれど――
そんなことでへそを曲げるような男ではないだろう。
少なくともクラピカはそう思っている。
案の定、キッチンに彼はいた。
いつものエプロン姿で、フライパンを持って。だが、振り向いてくれない。
「・・・・・レオリオ?」
小さなダイニングテーブルの向こうにいる彼を、小さく呼ぶ。
「おう、クラピカ、帰ってたのか?おかえり」
「・・・・ただいま・・」
――変だ。
「・・どした?変な顔して」
変なのはおまえだ!と・・・どれほど言い返したかったか。
ふと、周りの空気が焦げ臭いことに気付いたのは
――クラピカだけで。
「レオリオ・・・焦げてるぞ?」
「え?・・・・・あ」
あのレオリオが料理を焦がすなんて――初めてだ。
振り向き様のあの笑顔も
作り物だ。
もしかしたら、私が原因なのだろうか?
無意識のうちに薄い唇をかみ締める。
クラピカの不安は、募るばかりだった。
・・・
会話が、ぎこちなかった。
向かい合って食べる、レオリオとの食事は――いつもならとても美味しいのに。
レオリオの手料理ならなおさら。
だが、お互いに箸が進まない。代わりに、レオリオの酒のペースが速くなるだけ。
”レオリオ、いい加減にしろ!言いたいことがあるならハッキリ言え!!”
――と・・・言うか、否か。
どちらにしても、何も変わらない。
今朝は、普通の二人だった。
レオリオがクラピカを起こして、一緒に朝食を食べて、少しだけじゃれあって。
レオリオは大学へ、クラピカは仕事へ――
そのときのレオリオは、いつものように笑っていた。
「・・・・・クラピカ」
レオリオが、小さく呟いた。クラピカははっと顔をあげる。
レオリオがやっと口を開いてくれたという安堵感と
何を言われるか分からない不安で、胸がいっぱいだった。
この同棲は、二人の合意の下で成り立っているのだから。
どちらか一方が同棲を破棄したいのなら――それに従うしかない。
今のクラピカには、不安の方が大きかった。
「・・・・・ごめん」
もう
顔もあげられない。
テーブルの上のクラピカのかすかに震える右手を取り、
身を乗り出して頬を流れる涙を手で拭いてやる。
「オレ・・・今日、帰りに街でおまえ見かけてさ・・・
声かけようと思ったんだけど、隣に男がいて――
おまえ、楽しそうに笑ってたから、声かけれなくて・・・
――ずっと悩んでたんだよ。
いくらオレがおまえを好きでも、おまえはそうじゃないのかなって・・・」
不安になって。
案の定、不安やあせり、苛立ちが――
表情や行動に出てしまった。それが、クラピカを傷つけた。
「――最低だ、オレ」
こんな言葉しか、出てこない。
「ごめん・・・・・」
気が付いたら、クラピカを抱きしめていた。
立った拍子にワイングラスが落ちて、音を立てて割れたけど――
そんなのは後回しだ。
「・・・・・・・・・・バカ・・・」
「・・・クラピカ?」
「レオリオのバカぁ・・・・」
あたたかい腕に顔を埋めて、涙をこすりつけた。
「・・・・彼は・・・・私の仕事仲間だ。
大切な仲間と、笑いあってはいけないのか?」
クラピカはレオリオの腕にしがみついたまま、淡々と話す。
「私が好きなのは・・・・レオリオだけだ」
そう言って、レオリオの腕を払いのけるようにして、寝室へ行ってしまった。
「・・・・・オレ、最悪だな・・・」
一人残されたレオリオは、涙をぬぐってクラピカの後を追う。
あまりに慌てていたので、先ほど自分で割ったグラスを直に踏んでしまって出血したが、
そんなことを気にしている余裕なんて、何処にも無かった。
そんなかすり傷よりも、心の方がずっと痛かった。
「・・・クラピカ」
「クラピカ」
「・・・開けてくんねぇかな・・・」
「・・・・」
「・・・本っっっ当に!!オレが悪かった!!
勘違いして・・・勝手に落ち込んで、おまえを不安にさせて・・・
おまえ、オレのこと好きだって言ってくれたのに・・・・」
もう、さっきのように声を張り上げる元気も気力も無かった。
自分が
――情けなくて。
ドアの向こうの彼女は、まだ泣いているのだろうか。怒っているのだろうか。
ドアの前で、粘りに粘って一時間――
ドアが小さく開いて、クラピカが顔を出した。
「・・・クラピカ・・・っっ!!」
抱きしめようとしたその体を、枕で阻止する。
「私は怒ってはいないよ。悲しくもない。
ただ・・・おまえが私を信じてくれなかったことが、寂しいだけだ」
「クラピカ・・・」
「だから、今日から一週間、私はおまえと別の部屋で寝る。
その間、エッチは禁止だ。」
「・・・キスも?」
「当たり前だ」
「・・・わかった」
彼は、あっさりとその条件を飲み込んだ。
その瞬間、お互いが後悔したけれど――
「・・・・!!ちょっ、レオリオ・・・!」
ドアの向こうのクラピカを抱き寄せて、逃げられないように抱きすくめる。
「抱きしめんのはアリだろ?オレ、その間にちゃんと反省して、
もっとおまえのこと信じられるような男になるから。ゴメンな・・・不安にさせて」
「・・・レオリオ・・・」
「・・・じゃあ、おやすみ、クラピカ」
最後にもう一回力を込めて、抱きしめる。
名残惜しそうにクラピカの体を解放して、レオリオはリビングへ戻る。
そのときの彼の笑顔――
きっと、一生忘れない。
本当は・・・とてもとても嬉しかったのだ。自分に嫉妬してくれたレオリオが。
こんなにも自分のことを想ってくれているレオリオが――・・・
クラピカは、熱くなった頬を両手で押さえた。
ドアをノックする音が微かに部屋に響く。
遠慮がちに入ってくる、足の裏に包帯を巻いたレオリオ。
”クラピカ・・・・その、オレ、やっぱダメだ・・・我慢できねぇ”
”私も、おまえが隣にいないと・・・眠れないのだよ・・・・”
今晩にでも、そうなってくれればいいと――
クラピカは一人では広すぎるベッドの中で、レオリオを想った。
如月萌さんからの10800hitリクエスト、
「クラピカがほかの男と一緒にいて落ち込むレオリオ」です。リクエストありがとうございましたv
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