オレとクラピカの腕相撲勝負の戦績は、今のところオレの1勝2敗。
はじまりはハンター試験の最中だった。




過去




受験生に用意されたホテルは2名1室。
必然的にレオリオはクラピカと同室になった。

ゴンとキルア――あのお子様コンビは常に一緒にいたいらしい。


風呂から戻ってきたクラピカを見るなり、レオリオは言った。
「なぁ、おまえ、ほんっと細いのな」

いつも厚着のクラピカでも、野宿以外の就寝時はやはりタンクトップ一枚。
普段は絶対に見ることのないクラピカの細く白い腕に、どうしても目がいってしまう。

「褒めているのかけなしているのか、どっちだ」
クラピカはレオリオに見向きもせずにそれだけ言って、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。

「ほめてんだって。でも不思議だよなぁ、なんでそんな細いのに、あんな力あるんだよ?おまえ」

いつも隣で見てきた。
試験中のクラピカは、他の男に劣らない体力や力を持っていた。
クラピカは強かった。


「んー・・・・・そうだ、腕相撲しねぇか?」
「いきなりなんだ」
「いやーおまえがどのくらいの力があるのか気になって」
「知る必要などない。私はもう寝るよ。おまえもさっさと寝たほうがいい」

取り付く島もない。
クラピカはいつもこうだ。
しかしそんなクラピカとの接し方に、レオリオは慣れ始めていた。

「そっかー、そーだよなあ、オレと力比べなんかしたら、おまえ絶対骨折しちゃうもんな」

「・・・なに」
「オレが悪かった。じゃ、おやすみ」
「ちょっと待て」

ベッドに入ろうとするレオリオの肩を、クラピカはがしっと掴む。
「私がおまえより軟弱なはずがない。いいだろう、勝負だ」

プライドが高いのか
負けず嫌いなのか
それともレオリオより弱いのが嫌なのか

クラピカはむすっとした表情のまま、丸いテーブルの前に座る。
「なにを笑っている」
「いや、なんでも」

こんなところがちょっとかわいいな、と最近思い始めているレオリオだった。



「さっさと手を出せ」
クラピカは右手をテーブルの上に乗せて、準備万端だ。
こうやって近くで見ると、ほんとうに、白くて綺麗な腕だった。
それでもやっぱり傷の跡やアザが目立つのは、ここ連日の試験のせいか。

手を握ると、少しひんやりとしてやわらかかった。
思った。
これは女の手じゃないか?


このころレオリオはクラピカの性別が全く分からなかった。
ものすごく気になっていたが、あえて聞かなかった。
聞けなかった。

願わくば女でいてほしい。
なぜかそう思っていた。
でも、まさか好きになるなど、このときは思いもしなかった。


ぼーっとそんなことを考えていたら
勝負はとっくに終わっていた。
一瞬のことだった。


「あ・・あれ?」
「ほら見ろ。これですっきりした。では私は寝るのだよ」


もちろん「もう一回だけ」とせがんだ。
クラピカの答えはこうだった。
「私はもう眠いのだよ。試験が終わって、二人とも合格したらもう一度やってあげてもいい」


そしてやってきた汚名返上の日。
ハンター試験は終了し、無事二人はハンターとなったのだ。

「よっしゃクラピカ、勝負だ!」
「・・・好きだなおまえも。しかしなぜあの時あんなに弱かったのだ?」

おまえのことを考えていたから力が入らなかった
なんて言えない。

「うるせー。油断したんだよ」
「まあいい。・・・ここでは少し目立つな。私の部屋へ来い」

クラピカは一泊ののち発つ予定だったので、ホテルに部屋を借りていた。
確かに空港のロビーで腕相撲など常識人としてできるはずもない。


そして勝負はまたもや一瞬のうちに終わった。
「そ・・・・そんなバカな・・・・」
レオリオの圧勝だった。

「ふぅー。よかった。2回も負けちゃあ男のプライドが廃るってもんだぜ」

クラピカはよほど悔しかったのか、しつこく「もう一回させろ」と言ってきた。
レオリオはこう言った。

「おまえのやることが全部終わって、暇になったらオレんとこに来いよ。
もっかい負かしてやるからさ」


その間に二人は恋をした。
きっと会ったときから惹かれていた。
それに気付くのが遅かっただけなのだ。


レオリオが思いを告げたとき、クラピカは自分は女だと話してくれた。
クラピカは「初めて自分が女でよかったと思った」と言い、
レオリオは「おまえが男でも好きになったけど・・・やっぱり女の子で嬉しいかも」と彼女を初めて抱きしめた。


再戦の約束は果たされた。
長い長い膠着の末、クラピカが勝った。
二人とも汗だくだった。
こんなに苦しい腕相撲は初めてだと
二人は笑うしかなかった。





そして時は流れていく。
ある晴れた日のことだった。



「なあークラピカ」
「なんだ?」
「オレ夢見た」
「どんな夢だ」
「ハンター試験の夢」

「・・・ずいぶんと古い話だな」
レオリオがあまりに唐突に言い出すので、クラピカは苦笑した。

「それでさ、もうひとつ思い出した」
「・・・なにを?」
「これ。オレの1勝2敗。次こそオレが勝つからよ」


レオリオはソファにどっかり座って、テーブルに肘をついた。
最初の勝負の舞台と同じ、丸いテーブル。


クラピカはしばらくの沈黙の後、思い出したように顔をあげ、レオリオの前に座った。

「まったくおまえはよくそんなことを覚えている。思い出すのに時間がかかったではないか」
そういいながら、クラピカも腕をまくってソファに浅く座る。


今のところ戦績では負けているレオリオでも、今なら勝てるという自信があった。
クラピカはあのころのように戦いの中に生きていない。
普通の仕事をして、普通の生活をするようになったのだ。

筋力も当然人並みに落ちているはず。
その確信があった。


クラピカもクラピカで自信があった。
いくらもう現役ではないといえ、レオリオの1勝2敗という数字は確かだ。
力だってそれほど劣っていないはずだ。



握る拳に力が入る。
レオリオが合図をしようとした、そのとき。










「パパー・・・ママぁー」









大きなぬいぐるみを持った、黒髪の小さな子供。
泣きべそをかきながら二人に近寄ってきた。


「も、もう起きたのか?さっきまで昼寝していたのに・・・」
クラピカはそそくさと泣きじゃくる「彼」を抱き上げる。


レオリオはそれを見て、ふと思う。

ハンター試験のあの頃
こんな光景が想像できただろうか?

クラピカがこうしてずっと傍に居てくれて
子宝にまで恵まれた。

そして自分は医者として働くことができている。


遠い遠い過去。そして今。これからある未来。
まさかお互いの人生を共にまでするとは。
すべての始まりはあの腕相撲からなんじゃないか、などと思う。


「・・・どうした?レオリオ」
「勝負はおあずけだな、クラピカ」

この勝負、どうやら決着はつきそうにない。
腕に力が入らなくなる年齢になる前に、せめて2勝2敗の引き分けくらいにはしておきたいと、レオリオは思った。



2008/06/28
話の流れが気に入っています。究極のレオクラです。
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