これからの人生なんて、だいたい想像できる。
そうして私は死んでいくのだ。



そのはずだった。
人との出逢いは運命までも変えてしまう。




裏切り




こんなバカな。
「・・・っ」
この私が
「・・・くそ」

こんなことで体調を崩すなんて。

「・・・」


熱でふらつく頭を抱えて、ベッドに倒れこむ。
いつから私はこんなに弱くなった。




大量の血を見るのは久しぶりで
それでも慣れていたはずなのに
私の全てが痛くなった。

「・・・ちょっとクラピカ、あなた、顔真っ青よ」
隣にいるセンリツにも
「おい、無理すんな」
新参者のまだ名前も覚えていない小柄な男にさえ
心配される始末。

私はこんなところで立ち止まるわけにはいかないのに――


結局
センリツが半ば強引に私を自宅へ引き帰らせた。
珍しく彼女は怒っていたように思う。



全身が締め付けられるように痛い。
頭も働かない。
喉も、痛い。
目が、かすむ。


やっぱり人間なんて不便だ。
すぐに調子が悪くなる。

この頃の私は
人間であることすら否定しようとしていた。



やはり現実は甘くはなかった。
まだ幼い私が復讐を誓ったことを悔いてはいない。
それこそが私の生きる意味であるから。
それでも
私には
無理なのかと
思うときがある。
こんな風に
自分があまりにも弱くて
弱くて

これが本当に自分なのか?

「・・・!」
ふと、ポケットの中から携帯電話が激しく音を立てて鳴る。
(・・・おおかた早く戻って来い、か)

あれはセンリツの独断だ。
「今の」ボスならきっとそう言うに違いない。

「・・・もしもし」
「・・・クラピカか?」

聞き間違えるはずもない。
レオリオだった。


「・・・レオリオか、どうした」
「おまえ、今、どこだ」
「仕事中に決まっているだろう・・・すまないが・・・切るぞ」

ピッ
ツー
ツー・・・


嘘をつくのは嫌いだった。
自分を偽りたくないから。
でも今のこんな私を
レオリオに知られたくなかった。

何よりも声を聞けて嬉しかった。
好き、という感情を押し通せるような資格は
私にはない。


もうずっと、会っていない。
それでも彼が私を愛してくれた、たった数日間は
忘れることが出来ない。


なにかと理由をつけて会わなかった。
会いたくなかったんじゃない。
会えなかった。

弱い自分を見せたくなかった。
レオリオにだけは嫌われたくないから。


(・・・くそ・・・なんでこんなに熱が・・・)
考えれば考えるほど頭は熱くなる。
そうだ・・・薬は。
解熱剤も風邪薬も、そんな気の利いたものはない。
しかし種類は違えど薬は薬、いつのものだか、更になんの薬だが覚えていないが持っていた。とりあえず飲んでみよう。

ビンから適当に2、3錠手のひらに落とす。
丁度そのとき。


玄関のドアが激しく音を立てて揺れた。
「おい!こら開けろクラピカ!」

こんなに熱で眩暈で弱っていた私でも、それが誰なのか、そして何を言っているのかは分かった。

ふらつく足で玄関のドアを開ける。
その時の私は
数時間前に電話をしたばかりのレオリオがなぜここにいるのか
考える余裕もなかった。


「・・・ったく、思ったとおりだ。・・・っておい、なんだよコレ」
レオリオは肩を弾ませて息をしている。
走ってきたのだろうか。

私の手の中の薬を見て、レオリオは眉をつり上げる。
「・・・薬」
レオリオはずかずかと部屋に入り、ベッドの上に投げ出されていた薬のビンを手に取る。
「おい、コレ、睡眠薬じゃねえか」
「調子が悪くて・・・これしかなかったから」

レオリオは「間に合ってよかった」とだけ言い、その場に座りこんだ。




レオリオの適切な処置のおかげで、半日たった今、だいぶ熱も下がり意識もはっきりしてきた。
ただの風邪だった。

薬ならなんでもいいだろう、と思うおまえの荒療治も想像ついたが、こんなにバカだとは思わなかった
というのはレオリオの弁。

私はずっとレオリオの説教を聴かされた。



なぜいきなり訪ねてきたんだ、と尋ねると、
電話の声がおかしかったから、と。
それだけで
たったそれだけでわかってしまう彼のあまりの鋭さに
辟易してしまう。

何よりも私の為に来てくれたことが
嬉しかった。



きっとあのままレオリオが来てくれなかったら、
私は得体の知れない薬を飲んであの世にいっていたかもしれない。
それをまぬがれても、食事もとれず、のどの渇きも潤せず、やはりあの世にいっていた。

「だめだ、ほら。何か食べないと。おかゆ作ったから・・・ちゃんと食いやがれ」
弱っているときに誰かがそばにいてくれることが
こんなに心強いなんて
思わなかった。

「あれ、もう溶けたか。もっかい氷枕作ってくるから」
思うように動けなくて
考えることもできなくて

そんなときレオリオが私の手足になってくれる。
これほどありがたいと思ったことは
ない。



弱い自分が嫌いだった。
「あの時」、何も出来ない自分を、いっそのこと殺してしまいたかった。
だから、もっと
もっともっと強く。
女だからなんて言わせず
最後のクルタ族として
思いを果たしたかった。
それだけなのだ。

そのためには強さが必要だった。
強く。強く。
だからハンターを目指した。
単純な答えだった。

強さの限界はどこにあるのだろう。
私はその限界を遥か彼方に見てしまって
中途半端になった。


そんな時レオリオが言った。
枕元で
私の額を汗を拭いながら
「無理に強くならなくてもいいんだよ」


こんな私の愚かな思いは
レオリオへの
そして私自身への裏切りだった。



2008/10/02
体調が悪くて動けないとき、母が面倒見てくれました。
家族のありがたさ、愛おしさを実感できました。
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