[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。




最後に熟睡したのは
いつだったか。

最後にクラピカを抱きしめたのはいつだったか。
――オレの信念はどこにいったのか。




真実




「ああ、大丈夫。無理なんかしないよ。っつーかおまえに言われたくないって。
まだ帰れないけど・・・ああ、わかった。じゃあな」

1日1回の電話はかかさない。ほんの数分だけでも。

(・・・もう春だな)
外は気持ちいい風が吹いている。しかしもう3日は病院の外から出ていない。
出る暇が無い。

「おーい研修医ー!」
(やべっ)

1年がたった。
夢をかなえた。
覚悟はしていた。思い通りにならないことのほうが多い。


「おいなにやってるんだ!」
「あんた、見習いだろ?へったくそだな」
「もういい、どいてろ」


こんな言葉をあびせられるのは、慣れた。
初めて患者をうけもったとき、採血さえ上手くできなかった。
指導医の行動に疑問を感じたり
病院の体質を疑ったりもした。

しかし悩んでいる暇なんてないほど、毎日は過ぎていった。
現場になれて
充実してきたのと同時に、家に帰ることが少なくなった。
クラピカの待つ家に。

1年がたった。疲労はピークだった。




4月。手帳のページをめくる。
空白の日なんてない。スケジュールはびっしりだった。

そんな中、4日の欄には一際目立つよう、大げさに印がしてあった。
クラピカの誕生日。

しかしゆっくり二人で祝えるどころか、家に帰る見通しさえつかない。
その旨をクラピカに電話で伝えた。
「そうか、わかった。・・・私は大丈夫だ。おまえこそ、無理するな」

胸が痛んだ。
しかし、どうにもならないことはわかっていた。






「ほんとですか?」
「ああ、ここんとこずっと缶詰めだったろ。まあ、半日だけどな」

こんな言葉を真に受けたオレは、浮かれてクラピカにメールを送った。
ちょうど当日の4日に少しばかりの自由な時間を確保できた。
そう思った。


ふと思う。
私服に着替えるのは、何日・・・いや、何十日ぶりだ?
思い出せない自分に苦笑する。

そうだ、ケーキくらい買っていこう。きっと喜んでくれる。
プレゼントも買ったんだ。
クラピカの顔を思い浮かべて、着替え終わったときだった。

数人の看護士が血相を変えて現れて、オレは連れ戻された。
束の間の幸せだった。



このジレンマを
どうすることもできない。
オレはまだ未熟だった。




疲れている、なんていうのは言い訳にならない。
それで自分の体を壊すのは医者失格だと、先輩に言われた。
焦ってはいけない。焦ってはいけない。
急患の対応、オペの現場、これらの時には言い聞かせている。
しかし犯してしまった。大きなミス。
周囲にとっては当たり前のミスだった。
研修医の仕事は失敗することだと。

これを疲労だと言い訳するほど
オレはおちぶれてはいない。
ただ自分が許せなかった。




「・・・ただいま」
この言葉を口にしたのはそれから3日後。
4月7日だった。
久しぶりに感じる家の匂い。
少し心が安らいだ。
クラピカは玄関先で迎えてくれた。

「レオリオ・・・遅かったな」
久しぶりに見るクラピカの顔。
いつもなら嬉しくてたまらないのに
なぜだろう、今日は――


「この間は・・・忙しかったのか」
彼女の誕生日を
オレはすっぽかしてしまった。
期待させるようなメールを送っておいて
次に連絡したのは次の日の朝だった。

クラピカはそんなオレをなにもいわずに見ていてくれる。
それはわかっている。
しかし人間だから
感情の揺らぎだってある。
自分の本当の気持ちを言って、相手にどうしてもわかってもらいたいときだって
あるんだ。

「・・・待ってたのだよ、ずっと」
小さなその声は恨めしげだった。
子どものような反抗を、いつものオレならかわいく思えていた。

「・・・連絡ぐらい・・・」
「おまえになにがわかるんだよ!」


オレが声を荒げた瞬間、クラピカは顔をあげた。
「――・・・・・・・・・・・わりぃ」


玄関先でのことだった。
短時間の沈黙。
ふとオレのケータイが鳴った。
出ずともわかった。
オレは何も言わずに
もう一度病院へ走った。
ロッカーにささやかなプレゼントを置きっぱなしにしていることを思い出して
泣きそうになった。






そして今日も夜が来る。
落ち着く時間。誰もいない研修医室でぼーっとしていた。
「あ、研修医くん、これ頼むねーオレ帰るからさ」
目の前の机に置かれたカルテの山。

いつもなら自分でやってくれと言い返した。
けれど今は何も考えられなかった。

「どうしたの。お疲れみたいね」

ふと声をかけたのは、オレの今の指導医だった。
今までいろんな科を回り、いろんな人の下についてきたが
彼女は――誰よりも医者らしい医者だった。
尊敬している。

「・・・いえ」
「私思うんだけど」


机の上の散乱した書類。彼女はその山の中からオレの手帳を取り上げた。
そして。
「大事にするもの・・・間違えちゃダメよ。――レオリオ先生」

挟んであった一枚の写真をオレに見せた。
ずっと前に撮った
クラピカとの写真。





いつ帰れるか分からない。
そばにいてほしいと思っているときに、そばにいてあげられない。
寂しいときに、抱きしめてあげられない。
それでも君は待っていてくれる。
オレが、君を待っていた頃のように。



「ただいま」
深夜2時。
寝室へそっと入ると、大きなダブルベッドの隅っこで
クラピカは静かに寝ていた。
オレのスペースを開けているかのように
必要以上に端に寄っていた。


オレがいつ帰ってきてもいいように
帰ってこないことを知りながら
毎晩こうして眠っていたのかと思うと
つらい。


ジャケットだけを脱いで、クラピカに寄り添うようにベッドへ入った。
起こさないように、静かに抱き寄せると、クラピカは無意識にオレの胸に顔を寄せた。




翌朝。
クラピカが目覚めるのと同時に、オレも目を開けた。
オレの顔を見るとクラピカは嬉しそうに微笑んだ。

「・・・オレさ」
「ああ・・・」



医者になりたいと思い
それを実現させる。
夢は見るものじゃない。かなえるものだと。
それを病気の子どもたちに教えてやりたい。
オレの夢なんだよ。
――そしてきっと、アイツの・・・死んだアイツの夢でもある。


自分に言い聞かせるように
そう言った。
クラピカは目をかすかに潤ませて、
「初めて会ったときも同じことを言っていたな」

私はレオリオのそういうところを好きになったのだと、言った。


オレらしくない。迷うなんて。
真実はひとつしかない。
それは結局、原点なのだ。

これがオレの、まぎれもない、ゆるぎない真実。


2009/02/04
初めて真面目にお題にそったお話を書いた気がしました。
レオリオの「真実」はひとつしかない。彼のそういうまっすぐなところが大好きです。

BACK