遠距離恋愛なんて、どうってことないと思っていた。
その気になれば声だって聞ける。話が出来る。
それでも、たまらなく寂しい時があることに
今更気が付いた。
熱
「今から、会いに行く」
簡潔に用件を述べて、すぐに携帯電話は用済みになった。
電源をオフにする指が、微かに震えている。
久しぶりに聞いた低い声が――全く変わっていなくて、安心したから。
すぐに電話を切ったのは、これ以上レオリオの声を聞いていたら、泣きそうになるから。
彼がかけ直してこないように、電源も切った。
こんな・・・こんな「声を聴く」という当たり前のことが、何よりも嬉しく思えて
――同時に、切なくなった。
まだ何も終わっていない私が、彼に会う資格があるのかということと
何ヶ月も会えなかった私を
レオリオは飽きてしまっているんじゃないかということ。
たまにしか会えない、声も聞けない恋人に愛想をつかしてしまうなんてよく聞く話。
この数ヶ月間、私は彼に何もしてあげられなかった。
仲間としても、女としても
互いに笑いあうことも、キスを交わすことも、温もりを分かち合うことも――。
そんな女をずっと待っていてくれる男なんているのだろうか。私にはよく分からない。
会える、という期待よりも
この不安の方が大きい。
こんな自分が、たまらなく嫌だ。右手の携帯電話を強く握り締める。
どうしてこうも人を疑うことしか出来ないのだろう。それこそ馬鹿の一つ覚えのように。
信じるべき人は――彼だろう。こんなときに弱気で、一体どうする?
きっとあの笑顔で―――迎えてくれるから。
今はそれだけを信じて・・・・・
・・・・・・・
ドアを2回、ノックする。
レオリオが住んでいるアパートの、一番右端の部屋の前に立っている私。
明かりもついているし、事前に連絡を入れたんだから大丈夫だろう。
――と、部屋の中から聞こえるのは、慌ただしい足音。体が震えた。
正直、緊張していた。そして、鼓動に比例するかのように慌ただしくドアが開いた。
目線がぶつかる。
数ヶ月ぶりの――愛しい姿。
胸がいっぱいで、張り裂けそうな、そんな大げさな気持ち。
――言葉が見つからない。レオリオは何も言わない。
咄嗟に出た言葉も、「元気だったか?」の決まり文句で。
いきなり肩を抱かれて、唇を塞がれた。
そう、本当に突然。不意をつかれたとはこのことだ。
久しぶりの――甘い感触。玄関のドアは開いたまま。
人がいなくて本当によかったと、心の底からそう思う。
お互いの顔がゆっくり離れて、再び視線がぶつかり合う。
「何だよ・・・オレが先に会いに行こうとしてたってのに・・・」
「昨日・・・連絡しただろう。それに・・・いきなり何をするんだ」
「キス」
そういうことでは
なくて。
「・・・おかえり、クラピカ」
あの優しい笑顔で
私を出迎えてくれた。
ここは私の家ではないのに
まるで同居人を迎えるように自然で
そして自然に流れ出た言葉――
「・・・・ただいま・・」
今の私に、帰る家なんて無かった。
・・・・・・・
努めて冷静に。しかし脈は速く。
「全く・・・慌ただしい男だな。そんなに急かさなくったって、私は逃げていかないよ」
そうだ。何もこんなところで出迎えのキスをしなくったっていいだろう。
それ自体はもちろん・・・嬉しいのだが。
「じゃあ、気を取り直してもっかいな」
レオリオは笑いながら言う。
その笑顔が
変わっていなくて、安心した。
同時に、大きくて温かい手が私の頬を包み込む。
以前と変わらずに、私の頬はレオリオのその手にすっぽり収まる。
そんな、なんでもないことが――たまらなく嬉しくて。
久しぶりのその手の感触と確かな温もりに、鼓動が早くなるのが分かる。
きっとレオリオも同じなのだと――願いたい。
レオリオは私との顔の位置を合わせるようにして、腰を低くする。
私もそんな彼を手助けするように、少しかかとを浮かせた。
恥かしくなるほどにまっすぐ、私を見つめてくるこげ茶色の瞳。
愛用のサングラスをしていないせいか、いつもより澄んで見える。
でもどこか、とても切ない表情で
なぜ――そんな顔をする?
そんな悲しい顔を―――
「――会いたかった・・・」
やがてレオリオは泣き出しそうな顔で微笑んで、そう言った。
その言葉に
笑顔に
私もつられて顔をゆがませる。
「私も・・・会いたかった・・・・」
自然に、ゆっくりと目を閉じた。
恥かしさはもうなかった。こみあげる気持ちに胸がいっぱいになる。
今度はゆっくりと・・・深く深くキスをした。苦しくて、息が続かないくらいに。
何度も角度を変えて、時には私から求めて、舌を絡ませて――
無意識のうちに広い背中に腕を回していた。
今の私に、帰る家なんて無かったけれど――
ここは私の帰る家。そう思っても、良いのだろうか。
・・・・・・・
レオリオの部屋は相変わらずで、床にたくさんの分厚い辞書が散乱しているところまで変わらなかった。
まぁ・・・勉強熱心でいいのだが。それでも、きちんと掃除はしているようだ。
「変わってない?これでも結構綺麗にしたんだぜ。でも、おまえのもんはちゃんと残してあるぞ」
おまえがいつ帰ってきてもいいように――
笑って、そう言った。
洗面所のコップに立ててある色違いの2本の歯ブラシ。食器棚にはおそろいのマグカップ。
どれもこれも――全てが懐かしく思えて。
ベッドの上に腰を下ろして、レオリオは嬉しそうに笑うと、そのまま私を抱き寄せた。
「ちゃんと・・・食べているか?」
私は自分の手を彼の大きい手の上に重ね合わせて、顔色を伺うように注意深く覗き込む。
「無理をしていないか?」
たとえ無用な心配だとしても・・・私はいつだって彼の体が心配なのだから。
「ばーか。そりゃこっちのセリフだよ」
レオリオは苦笑して、私の額を指で軽くつつく。でも、こうやって馬鹿にされるのは嫌いじゃなかった。
「あー、でも最近少し風邪気味かなぁ」
レオリオはそう言って、少し大袈裟に咳き込む。
「でもおまえからキスしてくれれば一発で治るかも」
私が傍にいれば、どんな特効薬なんかよりも効き目は抜群なのだと――
そんな恥かしいことを、平気で言う。そんなところも・・・好きだと思ってしまうのだから、私も重症だろうか。
「さ、さっきしただろう!」
「もう一回」
この笑顔に
弱い。
「・・・目を閉じろ」
ベッドに並んで腰掛けたまま、私は彼の顔を両手で包み込み、乱暴にこちらへ向かせる。
「いてて、首折れるって」
「そのくらいで折れるか!」
「だっておまえ馬鹿力だし――」
不意をついて、触れる程度に・・・1回。これが私からの限界だ。
「・・・これでいいか?」
顔を離しても、レオリオは私を解放してくれない。
私はきっとこれを
期待していた。
背中に腕を回して、頬に、首筋にキスをされる。
「・・・っ、や・・・」
我慢できなくて、思わず声を上げてしまう。
私が何か反応すれば、レオリオは更に攻めてくる。
ずっとこうしていられればどんなに幸せだろう。
このまま二人で溶け合いたい。欲望のままに抱かれたい。
・・・もっともっと、愛されたい。
でもそれが許されることではないくらい解っている。
私には目的があって
決して逃げることなど許されない。むしろ自分からそれを望んだ。
このまま愛され続けるなんていけない――
そんなこと
最初から解っていたのに。
既に私の上に覆いかぶさって、服に手をかけられて。咄嗟に出た、彼を拒絶する腕。
視線がぶつかる。
その瞬間に
押し倒された瞬間に垣間見えたカレンダー。
真っ白な紙に真っ黒な数字。
4日だけに赤い丸がついていた。
今日は
4月4日。
涙が溢れ出た。
「クラピカ・・・ごめんな、急に・・・」
そんな私を見て――今度は労わるように優しく、静かに抱きしめてくれた。
――違う。逆だ。
・・・嬉しいんだ。
きっとこの思いも言葉にはならないから
私から強く抱きしめ返して
キスをした。
「好き・・・レオリオ・・・」
どうにもならない感情。
必死にこらえていた涙も、どんどん溢れ出してきて
きっと、眼も深い緋色になっている。
カラーコンタクトは外してきた。
レオリオの前で人工的な黒い瞳を見せたくなかったらから。
「クラピカ・・・」
なんで抱きしめられると
こんなにも安心するんだろう。
肌の擦れ合う音。
ベッドが軋む音。
耳にかかる熱い吐息。
破裂しそうな心臓の音――
「オレから・・・会いに行こうとしてたんだぜ?なのに先越されて・・・カッコ悪いったらありゃしねぇ」
――誕生日おめでとう。
耳元でそう囁かれて
いつもの笑顔を向けられて
「なにが欲しい?お姫様」
「・・・レオリオが欲しい・・・」
――嫌になるくらいくれてやるよ。・・・オレでよければ。
・・・・・・・
難しいことは口にしない。
きっと上手に言えない。
「・・・また怪我したな、おまえ」
鎖骨の下のかすり傷。昨日のもの。
傷のうしろめたさよりも、服を脱がされて、ベッド際の照明に肌が照らされていくことの恥かしさの方が私の中では勝っていた。
「・・・ただのかすり傷だから・・・平気だ」
「大事なおまえの体に傷が出来たなんて、オレが許せねぇんだよ」
「・・・ッ、や・・・ちょっと、レオリオ・・・」
「舐めれば治るって言うだろ」
ベッドの軋む音。ざらついた舌が肌を這う音。すべて頭に響く。
優しかったキスが激しさを増して、逃げられないようにきつく抱きしめられて。
――逃げるつもりなんて全くないけれど。
「おまえがいれば、なにもいらない」
突然、そんなことを言われて
微笑んで、キスをされた。
その言葉が
どれだけ救いになったことか。
「クラピカ・・・」
名前を読んでくれる声が、とても愛しい。
「あ・・・・ん・・っ」
一体どこからこんな淫らな声が出てくるのか。
名前を必死に呼んで、必死にしがみついて
息を繋ぐのが精一杯で――
もどかしい愛撫に、中途半端に昂った体は熱を帯びて。
こうやって触られるのは・・・初めてじゃないのに
レオリオが跡を残していった箇所が燃えるように熱い――
「あ・・ッやだ・・っ」
「じゃあ・・・やめるか?」
そう言ったレオリオの熱い吐息が、耳元を更に熱くする。
声を言葉にするのも苦しくて、呼吸を整えるのに黙っていたら、
密着していたレオリオの体は、上気した私の体からゆっくりと離れていく。
冗談じゃない・・・
こんな体にしておいて責任を取らないなんて、卑怯にも程がある。
「・・・・やだ、・・・やめるな」
彼の腕を力ずくに引っ張って、抱き寄せる。
汗ばんだ素肌が再び密着して、少し冷たかった。
それでも、この火照った体には程よい刺激になった。
「やめるなら今のうちだぜ?すっげぇ久しぶりだし・・・もう止まんねぇ・・・」
そんな目で見るな
そんな所に触るな
全てを否定したかった。
「・・・・・・やめる理由なんて一つもない」
少し驚いたように微笑んで
そして、そのまま深く口付けられる。
頭の中が真っ白で、もう何も考えられない――
「力・・・抜けって・・・」
「ん・・・っ」
こういうときのレオリオは、本能をむき出した「男」の顔をしていて
男とはそういう生き物なのだと頭では理解していても、体がこの痛みを受け入れてくれない。
「・・あ・・っも・・う・・・、い・・加減に・・・ッ」
小さな胸のふくらみの色づいた先端に甘く歯を立てられて、湿った太腿を下から上に撫で上げられる。
そのやりきれない感触に思わず背筋がぞくぞくして、体に力が入らない。
それが一番苦手だった。裏を返せばとてつもない快感。
やっと楽になれるかと思っても、またもどかしい手を汗ばんだ肌に這わせて――
レオリオは
意地悪だ―――
「愛してる、クラピカ・・・」
心底憎らしくて
その全てが愛しい――
・・・・・・・
「・・・綺麗だな」
ベッドに横たわる私の、汗で濡れた金髪をゆっくりと梳かしながら、レオリオは独り言のように呟いた。
「その緋色」
「・・・おまえにだけ、特別だ」
自分から擦り寄って、彼の鼓動の音を聞く。――心地良い。
「・・・どういう風に?」
「言えるわけないだろう」
この色は特別。レオリオ以外の誰にも見せない。
私を愛してくれている印だから――
「なあ、このまま泊まってけるか?」
期待を込めた弾んだ口調。少年のような瞳。
「ああ、大丈夫だ」
「じゃあさ、明日はデートしような」
返事をする代わりに、小さく微笑んで。目を閉じると、優しいキスが降ってきた。
「今日はおまえの好きなもん作ってやるよ」
遠距離恋愛なんてどうってことないと思っていた。
それでも、たまらなく寂しい時だってある。
そんな寂しさを補うのは他の何者でもない、貴方の熱だけ―――
2005/04/04 Happy birthday Curarpikt.
信じていなかったわけではないけれど、どうしても不安になるのです。
そんなクラピカにはやっぱりレオリオしかいないなぁと、改めて実感。
お誕生日おめでとうクラピカ。今までもこれからもずっと大好きです。
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