「金なんか要らねぇって、その子の親に言ってやるのが俺の夢だった」
「レオリオが悪いのよ?私は忠告した。それを無視して毒蛇のいる入口に近づいた」
「ソイツを殺したら、俺がおまえを殺るぜ」


私は、私はこういうレオリオだから好きになった。
医者になりたい理由に私利私欲のかけらもない。
私とゴンを危険から遠ざけたい一心で、自分の命までかけた。
一時の感情で仲間を危険にさらした私を戒めてくれたのは、他でもない彼だった。

私はレオリオがいないとこの先生きていけないかもしれない。
頭の、ほんとうに片隅で、一瞬だけそう思った。
それがなんて幸福で、自分勝手で、愚かな事か。思わず片頬が上がる。自分への嘲笑。

ああ、なんて
私はこんなにも・・・






相棒






私にとって128人の同胞は、大切なものだった。
それを奪われたのだ。だから、それ以上に大切なものなんて私にはない。

なのに、レオリオを大切だと思うようになった。
そのたびに自分のことが嫌いになった。


「レオリオ」
「・・・なんだよ」


空港からほど近い公園には、誰もいなかった。
レオリオと向かい合い、目を合わせず声をかけた。努めていつも通りに。
けれど、冷たい風に入り混じる、張りつめた雰囲気を感じて、彼は少し居心地が悪そうだった。


私は復讐を――目的を果たした。
あの日自分に課した、たった一つの生きる目的。
それが終わった。気づいたらここにいた。理由はわからない。自分でも。
頬を突き刺すような突風でさえ、私の体の一部のように思えた。
まるで生きる気力を感じられない私を見て、彼は何を思うんだろう。



彼に出会いたくなかった。
それは偽りだけれど、せめてこう思う。


「生まれ変わったら、その時は・・・」


続きを言う前に、か細い声が震えているのがわかった。
その事実に、自分でも驚く。無意識に唇をかんだ。


「来世で一緒に、生きてくれるか?」


今の私の、精いっぱいの想い。これだけ伝えたかったのだ。
だから私はここに来たのだ。
同時に涙が一筋こぼれる。


「今の私は・・・おまえとは一緒にいられない」


レオリオの答えなど耳に入れないつもりでいた。
きっと彼は期待以上のものを私に与えてくれるのだろう。いつもそうだった。
それがつらい。私は彼の重荷にはなりたくない。そんな風にしか、彼を愛せない。

やっぱりレオリオの顔を見ることはできなかった。一人でひっそりとすべてを終えよう。
息を止めて、小さく吐く。その場から去るつもりで、踵を翻そうとしたときだった。


「俺は嫌なことは決闘してでもやらない」

そう言ったレオリオの声は、先ほどとは違う。はっきりとした強い意志を感じる。
私の好きな、レオリオの声だった。それだけで、膝から崩れ落ちそうになる。
私はレオリオがいないと生きていけないかもしれない。その思いがじわじわと、頭の中を独占していく。愚かな私。


「・・・、知っているよ」

そう、きみのことなら何でも知っている。
好きな香水も。たまに吸う煙草の銘柄も。口癖も、照れ隠しの仕草も。


「おまえと離れるのは嫌だ」

そうやって、私をつけあがらせることも。

「おまえが俺から離れようとするなら、俺はおまえのことさらっていく」

彼は私の様子にはおかまいなしで、言葉を続けた。

「おまえの気持ち全部がわかるわけじゃねえ・・・
てかおまえの頭の中なんか、難しすぎて俺にはさっぱりだ」

小さく肩をすくめて、レオリオはやれやれ、というような仕草を見せた。
いつも通りのその様子に、私はなんだか胸がいっぱいになる。どうしてこの男は、こんなに・・・。

「けどこれはわかってるつもりだぜ。・・・俺のこと、大切に思ってくれてるんだろ?」

とびきりやさしいまなざしで、彼は私を見た。
好きだとささやくのと、同じまなざしで。


風がやむのを感じた。
彼の視線に捉えられて、身動きがとれない。
しばらくして、レオリオはぱっと目をそらすと、スーツのポケットに手を突っ込みながら地面を蹴った。


「来世で一緒に生きてくれるか、だあ?
そんなもん、約束したって保障なんかどこにもねーだろ。
おまえ、そんな不確かなもんにすがるような奴だったか?
あきれるくらい現実主義だったじゃねーか」

レオリオはつかつかと私に近づき、息つく間もなく距離を詰められてしまった。足先が触れ合うほどに。
彼の勢いに、私は何もできずにいた。

「人生一度きりなんだよ。今やりたいことやればいいんだよ。おまえの望みはなんだよ?ほんとに来世に託す気かよ?」

その言葉に、頭の中が真っ白になる。
望み。
本当の望みなんて、そんなの、一つしかない。


「・・・明日も、明後日も、きみと一緒に起きて、一緒に眠りたい。それを続けていきたい・・・」


これだけだ。
真っ白になってしまった頭では、理屈、常識、しがらみ、思い込み、すべてが消え失せた。
口に出してしまった。本当の望みを。さっきまでの私は、いったい何をそんなに考えていた?


「やっと言ったな」
「・・・」
「俺も同じだ」

抱きしめられたのだとわかった。
包み込んでくれる長い腕、大きな身体。心地よい心音。やすらぐにおい。

不思議と心は穏やかだった。
つきものが取れたような、静かだけれど、確かなすがすがしさ。


自然に体を離して、ゆっくりと視線を上げる。計算されたように、ふと目が合う。
レオリオは私の手を取って、公園の出口へ促した。踏み出す一歩は小さい。レオリオは同じようにしてくれた。


「レオリオ、きみはすごいな」
私の口元は自然と緩んでいた。嬉しくなり、目を細める。
それを見て、レオリオも満足そうに、肩の荷を下ろすように息をついた。

「おめーはなんでも難しく考えすぎなんだよ」
「ふふ、そうかもな。それが最善だと思っていた」
「ケースバイケースだ。ま、これからも頼ってくれていいんだぜ?相棒」

まるで古くからの気心が知れた同性の友人にするように、レオリオは私の肩を抱いた。
相棒。
その響きが嬉しくて、乾いたはずの涙が溢れそうになるのを、必死にこらえながら、日が沈みかけた公園を後にした。
もう、辺りは薄暗い。一人だと、わけもなく不安になる時間帯。

今日は、それさえも、美しい。






2019/07/12



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