ふたりぼっち





私の目的は、仲間の緋の眼を奪い返すこと。
そのためなら、どんな犠牲も厭わないつもりでいた。

けれど、現実は簡単じゃない。
大切なものができてしまった。
仲間がいるから強くなれる。仲間がいるから、失うわけにはいかない。
仲間がいるから、私は私でいられなくなる。

私の仕事は命の危険と隣り合わせであり、もちろんそんなことは百も承知の上で、それ相応の覚悟もしていた。
けれどヨークシンでは、仲間を巻き込んでしまった。危険な目にも、遭わせてしまった。

ゴンたちは、「俺たちが望んでやったことで、クラピカのせいじゃない」と私を慰めた。
それが有り難かったし、複雑でもあった。

力がほしいと思った。目的を果たす以上に、大切なものをこの手で守り切れる力が――。



あるとき、私は再び同じ過ちを犯すことになる。
ヨークシンの時と同様、仲間を――レオリオを巻き込んだ。
新たな地での、緋の眼に関わる任務だった。彼が傍にいたのは、本当に偶然だった。
その偶然を、彼は必然にしたのだ。「せっかく会えたんだ。何かできることはないか」と。
当然、断った。自分の夢に向かって歩き始めたばかりの彼を、足止めするわけにはいかなかった。
そんな矢先、敵襲の混乱の中、彼は傷を負った。
幸い深手は避けられたが、彼が傷つく光景を、私は、数日経った今でもはっきりと覚えている。
まるでテープを巻き戻すように、何度も脳裏に再生される。

彼が怪我をしたこと。私が守りきれなかったこと。
その二つに、思っていた以上にショックを受けている自分を、まだ受け入れられずにいた。
結局、任務は仕切り直し。いちから作戦を練り直す形になった。

病院のベッドの上に腰掛けたレオリオは、自分の体より、そのことを気に病んでいた。
私はそんな彼に、いや、自分に――いらだちを隠せずにいた。

「たいしたことねーってのに、大げさだよ。ちっと骨にひびはいっただけだっつーの」

問題ない、と言い張るレオリオを半ば強引に入院させたのは私だ。
そうでもしないと、気が収まらなかった。

「・・・クラピカ」
「・・・」
「さっきから黙りこくって・・・なんか言えよ」

口を開いたら、止まらないこと、わかっていた。
だから喉まで出かかっている言葉を、必死に飲みこんでいた。
ベッドの隣の椅子に浅く腰掛け、膝の上の拳を震わせる。
レオリオは、その拳と、私の顔を、交互に見て、小さく息をついた。

「別にさ・・・試験中は、これくらい、ふつうだったろ。俺はもう大丈夫だから」

試験中と今とでは状況が違いすぎるのだ。
それをこの男はわかって言っているのか。

おさえきれない。
この感情の正体がわからない。
「・・・っ」
内側に必死にとどめていた思いを、一気に吐き出すつもりで、立ち上がろうとしたときだった。

レオリオが私の手に触れた。
掴むでもなく、握るでもなく。
震える拳を、優しく包み込むように。
そのあたたかさに、身動きが取れなくなった。

「俺の気持ち、少しはわかった?」

予想外の言葉だった。
驚いて彼の顔を見る。
どういう意味が込められているのか、うかがい知ることはできない。

「蜘蛛と対峙したときだって、それ以降だって、
そのたびに傷つくおまえを・・・・・俺はずっと、我慢して見てきたんだぜ」

私を見据える彼のまなざしは、真剣だった。
そのまっすぐな瞳が好きで、いつまでも見つめていたいと、いつも願っているのに
今は、痛い。何も言えない。口をつぐむことしかできない。

「おまえ、自分のことなんて二の次だろ。
俺はおまえのことが大事なのに、本人がぞんざいに扱ってんだ。たまったもんじゃねえよ」

レオリオはつぶやくようにそう言って、私の手をそっと撫でた。
彼は、怒っているのだろうか。呆れているのか。愛想が尽きたのか。
確かに、この状況はいつもと逆だ。
いつもなら、私が、肉体なり、精神なり、どこかしらを傷つけて、そのたびに彼のところへ帰っていた。
彼は何も言わず、迎えてくれた。私はそれに甘えていた。
彼がどんな思いでいたのか――こうして逆の立場に立ってみて、初めてわかる。
私は、彼の想いに報いることが、一度だってできなかった。


それに気づき、罪悪感に全身が支配されるのを感じた。
ほんとうは気づいていたのに。見て見ぬふりをしていた。自分のために。
耐え切れず、視線を逸らす。
レオリオはそれさえもわかっていたように、言葉をつづけた。私の目を、見つめ続けながら。

「けど、俺は、おまえのこと信じてる。だから待ってる。いままでも、たぶん、これからも」

力強い、けれどどこか不安の混じる、やさしい、彼の声。
おそるおそる、再び視線を合わせる。すると、彼は、いつも通り、笑顔を見せた。
私のために、精いっぱい笑おうとしてくれている。それがわかった。

「俺ら、仲間だろ」

その言葉に、自然と涙がこぼれる。
目頭から、一滴、また一滴と、次第にとめどなく。そのしずくは頬を伝い、一筋の流れとなって、床を濡らした。

「なら、おまえも、信じてくれよ。俺のこと」

ふいに抱き寄せられる。腰掛けていた私の体は自然に、レオリオの膝の上に乗せられた。
髪を撫でる大きな手。あたたかな身体。確かな鼓動の音。そのすべてが、さらに涙をあふれさせた。

「それになあ、おまえに守られるなんて、ごめんだっつーの。自分の命くらい、自分で守れっから。これでもハンターなんでな」

レオリオの実力を、潜在的な力を、知らないわけではない。彼の隣で長く過ごしてきた私が、一番よくわかっているつもりだ。
だからこそ、こんなところで――彼の未来を、摘み取りたくはないのだ。彼を愛しているから。その気持ちに、嘘はつけなかった。

その気持ちを、すべて、伝えたい。彼がしてくれたように、言葉で彼に伝えたい。なのに涙が止まらなくて、どうしようもできない。
ずるい。レオリオはずるい。私だって、同じ気持ちなのに。そうやって、どんどん期待以上の言葉を紡いでくれる。

「・・・そうだな、死ぬときは一緒だ。どうよ、それならいいだろ?おまえをひとりぼっちになんか、しねえからさ」

レオリオは、私の髪を撫でながら、そっと目を閉じ、そう言った。



私はひとりぼっちが嫌だった。きっと本音はそうなのだ。
みんな、みんないなくなってしまって
復讐と眼の奪還という目的を掲げて、死に物狂いで走らなければ
さみしくて死んでしまうと、心の底では思っていたのだ。

それを認めたくなかった。
だって結局は自分のためじゃないか、そんな勝手な感情は。
この先、こんなにも私のことを想ってくれていて、こんなにも愛している、唯一の存在である彼が、
もし、いなくなってしまったら。

「ま、俺は死なねーけど。・・・もしも、万が一のときは、一緒に連れてってやるよ」

本気で言ったのでは、ないと思う。彼は物事をプラスの方向へ持っていこうとするから。
嘘でもいい。どんな結末になっても、ひとりぼっちにはしない。それが、彼の未来を奪うことになったとしても。
矛盾だらけの、私の、彼への精いっぱいの愛情。それを残さず汲み取ってくれる。

私はどうしたら、彼に報いることができるのだろう。
きっと彼は見返りなんて望んではいない。けれど、それを考えることで、私は彼を愛しているのだと実感できる。
私が死んだら――彼は、どうなるのだろう。
本当に、一緒に、連れて行ってくれるのだろうか。それもまた、一つの未来なのか。

「・・・レオリオ」

涙をぬぐい、震える声を絞り出す。
これだけは、伝えなくてはならない。


「・・・ありがとう・・・・・・・」


私もきみも、死ぬわけにはいかない。
今、この瞬間を、きみとこうして過ごせていること
ほんとうに幸せに思う。






2019/08/04
レオリオが、「恋人だろ」じゃなくて「仲間だろ」と言ったのはわざとです。
ときに、仲間は恋人よりも強い。


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