悲しいことも悔しいことも辛いことも
全て忘れられるのが愛する人とのセックスだと思う。






没頭







「ただいま」
ネクタイを緩めながら寝室のドアを開けたとき、クラピカは就寝体勢で文庫本を開いていた。
「読んでいる」という感じではまったくなかった。
「見ている」わけでもないと思う。


その真意をすぐに読み取った。
「待っててくれたの?」
「読書のついでにな」


それはつまり「待ってるついでに」と読み替えられる。
きっと本人は自分の表情には気付いていない。
クラピカの無意識の嬉しそうな表情を見ているのは幸せだった。


ジャケットを脱ぎ床に放り投げ、ベッドにもぐっているクラピカに吸い付くように覆いかぶさる。
目には見えない、舞い上がっているだろう埃や塵。
それに混じる半日ぶりの愛しい彼女の匂い。
細い体はすぐにレオリオの大きな身体の下にすっぽり収まってしまった。
やわらかな頬を撫でながら耳元でこう囁く。
「ただいまクラピカ」
「・・・ッなんの真似だ」
「なにって・・・キスかな」
「まだしてな――」

言葉と共に唇を奪われた。
重なり合う唇から伝わる、柔らかくて温かい感触が気持ちよくて全身の力が抜けた。
まるで魔法をかけられたよう。
不思議でしょうがない。
いつもこうなってしまうのだ。

「・・・ん・・・」
「・・・シャワー浴びてくるな」

顔をゆっくり離したとき、クラピカの瞳は既に緋色に染まっていた。

「・・・あとでいい」
「え?」
「いくな」

「・・・汗かいたし」
「構わない・・・」


口調はいつものように淡々としていたけれど
声色が違っていた。
甘えるような、上ずった声だった。

「なんだよ、いつもと違うぜ」
内心かなり嬉しいが、悪戯っぽく苦笑した。

「違わない」
こういうときまで意地を張り続けるのがクラピカらしいと思う。


その姿勢のまま、濡れた唇をクラピカの細い首筋に這わせる。
「・・・ん・・」
小さく漏れる声がこの上なくかわいらしい。
かすかな反応と表情を楽しみながら、するすると服を脱がせていく。
指先が脇腹や胸元に触れるとくすぐったそうにクスクス笑った。

「・・・んっ、ちょっとレオリオ・・・やめ・・・」
その控えめな笑い声が乱れた声に変わっていくのに時間はかからなかった。
「なあクラピカ・・・」
「・・・なんだ・・・?」

じらすように白い肌の上を滑っていた指を止め、クラピカの瞳を見つめる。
「おまえのそういう声、たまんねぇ」
「・・・っ」

更に顔を赤くしてクラピカは絶句する。
レオリオは小さく笑って行為を続けた。

しかし先ほどのように感じたままに声を上げるクラピカではなくなっていた。
口元に手を当てて声を閉ざしている。

「なんだよ」
「・・・(むぅ)」

手のひらの隙間から不機嫌そうな声にならない声が漏れてくる。
その光景があんまりかわいくてレオリオは思わずふきだしてしまう。
笑いを抑えながらもう一度問う。

「なんだよ?」
「・・・恥かしくて死にそうだ」

消え入りそうな声でそう答えたクラピカは、本当に弱弱しかった。
そんな事を言われては
ますます攻め立てたくなる。

ほっそりした両手首を片手で押さえつけ、もう片方の手で再び丹念な愛撫を続ける。

「ちょっとレオリオ!・・・やっ・・」
無意識に漏れてしまう声は先ほどのレオリオの一言によって意識的なものになってしまった。
そう感じるとより一層、恥かしくてたまらない。
でも我慢したくても我慢できない。
・・・なんなのだいったい。

「〜っ!!」
クラピカは必死の思いでレオリオの手を払いのけて、素早く彼の上へのしかかる。

「おっと」
同時にレオリオに向けられた鋭い鉄拳。パシッと乾いた音を立てて軽々と受け止めた。
「おまえ、すぐ殴りかかろうとするのやめろよ。女の子なんだから」
「うるさい!差別だ」

レオリオの腰の上にまたがり、受け止められた拳になおも力を入れ膠着状態が続いている。
「うーん、いいアングル」
「!?」
「エロイなーこの角度」
レオリオはすっと手を伸ばして自らの上にまたがる白い太ももを優しく撫でた。
同時に臀部に感じていた妙な感触は、あっという間に更に硬くなっていった。
「なっ、この、変態が!」


しかしやはり男と女、力の差は歴然。
受け止めた小さな手を持ったままあっさりと体勢を逆転した。
再びクラピカはレオリオの下に組み敷かれた。

「おしおきな」
悪戯っぽくそう笑い、床に落ちていたネクタイでクラピカの両手首を縛り始めた。
「・・・!な、なにをする!」
「痛くしないから・・・」
「そういう問題じゃ・・・な・・・」


もうこれで抵抗できない。
存分に声を聞かせてほしい。


「オレの勝ち」
「・・・っ」

本気で嫌なら
もっと激しく抵抗した。
レオリオは絶対に無理強いはしない。
つまり嫌ではなかった。

きっと期待していた。もっと求めてきて欲しかった。
彼を受け入れる瞬間に、自分の中が驚くほど濡れていたことに戸惑った。
入ってくる音が聞くに堪えないほど淫乱だった。
それほどまでに感じていた自分が恥かしく思えた。

しかしそんなことはどうでもいい。
レオリオが腰を動かすたびに耳元に感じる彼の熱い吐息。
時々苦しそうに声を漏らしたり、名前を呼んでくれることが嬉しかった。

「・・・クラピカ・・・」
その甘い甘い声を聞くたびに、言い様のない感情が溢れてくる。


こうしてレオリオとセックスをすると余計なことなど考えさせてはくれない。
私の頭も心もそして体も、すべてが彼でいっぱいになる。
レオリオのこと以外、もう何も考えることなどできない。


2009/04/03
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