endless love
私には、恋愛全般における立ち振る舞い方や知識、経験が圧倒的に足りなかった。
異性と付き合うということは、肉体関係含め、である。
そんなことわかっていたはずなのに。
自分を卑下するわけではないが、レオリオのような男なら、もっと「女らしい女」が好きなはずだし、
そういう女性が彼を放っておくはずないと思っている。
それでもレオリオは、私を好きだと言ってくれる。他の誰でもない、私を好きなのだと。
相手がレオリオで本当によかったと思う。けれど彼は、なんでこんなにやさしいのだろう。
その疑問にこたえはみつからなかった。
やさしくされるたびに、嬉しさと共に怖くもなった。
その感情は表裏一体だった。
レオリオと、付き合い始めたばかりのころ。
並んで歩いているときに、ふと手を取られた。
自然に、さりげなく。まるでいつもこうしているかのように。
私は驚いて彼を見上げ、足を止めようとした。
けれどレオリオはいつも通りの表情で、私に笑いかけた。その視線になんの意図も感じられない。
手を繋いで歩く。そうしたことは非日常だ。抱き合う。キスをする。要は恋愛における事象はすべて非日常。テーマパークにいるのと同じなのだ。
ましてや私は初心者だ。なにもかもが初体験だ。男と女が付き合ううえで、最低限の知識はあるつもりだが、それがあっているのか間違っているのかすらも、わからない。
今後、私がこの身で検証しなければならない。それを思うと不安よりも期待が大きいのは、私がまだ男女の機微のなにも知らないから、だろうか。
手を繋がれたまま歩く。触れ合う手のひらはあたたかい。
一度落ち着こう。次のステップへ進むのだ。この先どうしたらいいのか、考えるのだ。そう思い、小さく息をついて周りを見渡す。
同年代くらいのカップルは、みな一様に同じようにしていた。手を繋ぐ者、腕を組む者、はたまた女性の肩を抱きながら歩く男。
私たちは彼らの仲間入りをしてしまったのだ。ああ、どうしたことか。これが恋人をもった人間への最初の洗礼か。
相手に――レオリオに問題があるわけではない。これまで気にしたことのなかった、「周囲の視線」が急に気になり始めたのだ。
(客観的に見れば)背も高くスタイルも良いレオリオと、
(客観的に見れば)男だか女だかすぐには判別つかない私が、
恋人として手を繋ぐこのさまは、人々の目にいったいどう映るのか。
私は、そんなことを気にする人間ではなかった。
どうしたというのだ、まったく…。
繋いでいた手のひらは汗がにじんできた。これは間違いなく、もう、1000パーセント、私の手汗だ。
その事実に、一気に頬が紅潮する。顔も熱けりゃ頭も熱い、とな。ほーっほほ、いつまで経っても仲がいいのォ。
私の両親の騒がしくも睦まじいやりとりを見て、ジイサマがけらけらと笑いながらそう言ったのを、幼い私は不思議な気持ちで見ていた。
そのことをふと、思い出した。ころころと表情を変える陽気な母は、父の前で頬を赤らめることが多かった。その気持ちが、今、痛いほどわかった。
行き場を失った手の中の汗は蒸発することなく、地面に滴り落ちる勢いだ。
恥ずかしい。ああもう恥ずかしい。これでは私が緊張していることがこの男にばれてしまうではないか…。
だからといって手を離すのか?私から?嫌がっていると思われるのも癪だ。
ひらめいた。繋ぎ直す!その隙に汗をぬぐう!私なら、目にもとまらぬスピードで、それをやってのけることは可能なはず…だが、
この極限の緊張状態で、ミスなくできるか。試されている。私は恋愛の神に試されている…。
決意を固めているさなか、レオリオの方から手を離され、再び繋がれた。今度は違う繋ぎ方で。
それがあまりにもスムーズで、私は何が起こったのかわからなかった。手の中の汗は、その一瞬で少し和らいだ。
恋人つなぎ。というのだろう。絡み合う指。さっきよりも感じる大きな手の感触。
急に目頭が熱くなる。なぜかはわからない。ただ、涙の粒が落ちないように、必死にまばたきをした。
これが私とレオリオの、初めての、恋人らしい振る舞いだった。
今では、私の方からレオリオの手を取ることもあるし、腕を組んだりもする。
それができるようになるくらい、私と彼は同じ時間を重ねた。
私には、恋愛全般における立ち振る舞い方や知識、経験が圧倒的に足りなかった。
けれどレオリオは出逢った時から今日まで、そしてきっとこれからも、隣にいて、ともに歩いてくれる。
知らないことは教えてくれる。楽しませてくれる。時に叱ってくれる。
彼は、なんでこんなにやさしいのだろう。その疑問にこたえは必要ない。
私も同じくらい、彼を愛していけばいいのだから。
2019/11/13
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