強さだけを求められたら、どんなにいいだろう。
ずっとそう思っていた。
私は。







ハッピークリスマス









彼の開く診療所には毎日のように子どもがやってくる。親とともに。
ともだちがけがをした、と子どもたちだけでやってきたりすることもある。
医院として採算が取れているかというと、まったくである。
だがこれでいいのだと彼はいつも言う。

何も考えていないわけじゃない。経営者としてのセンスも知識もないわけではない。
医者としてまっとうに生きたいだけなのだと言った。
偽善でもなんでもない。オレがやりたいことをやっているだけなのだと。


理想を現実にできる人間などほんのわずかだと私は思う。
彼は努力の人だった。


そんな彼を、私は人間としてとても尊敬しているし、男として愛している。
嫌いなところも、たくさんある。
それ以上に好きなところもある。






人から感謝されると嬉しい。
誰だってそうだ。
しかしそれを素直に表現するのは照れ臭い。
彼は惜しみなく感情を体現する。得意なのだ。
誰に対しても。

四季折々のこの地に永住しようと決めてから、数年。
冬には患者が多くなる傾向が強かった。
しかし子どもたちはみな、ここに来るとなぜか笑顔なのだ。

「ねえせんせい!あのおっきいツリー、すごいね!」
診療所のいたるところにクリスマスの飾りを施すのは毎年この時期の恒例になっている。
私も看護士たちも、その作業を手伝わされるのだ。
嬉しそうにレイアウトを考えている彼に。












ああ、寒い。今日も寒い。
我慢できないわけではないが、不快な寒さである。
そんな冬のある日の夕方、レオリオの自室をノックする。返事はない。
「・・・レオリオ?」
そっと扉を開けると、換気をしていたのだろうか、窓を半開きにしたまま、机に突っ伏して寝ているレオリオがいた。
部屋に入ると外と同じ寒さだった。

クラピカは慌てて冷たい風が吹き付けてくる窓を閉め、レオリオに歩み寄る。
「まったく・・・おまえはほんとうに医者か?自分の体のことも少しは考えろ」
いつもの調子で話しかけたが、もちろん返答はない。
顔にそっと触れると、氷のように冷たかった。
こんな薄着で、こんな場所でうたた寝するとは。

今すぐたたき起こして説教したかったが、机の上に散乱しているカルテの山を見て、やめた。

疲れていることなんて、とっくに知っていたから。


ベッドから毛布を引っ張ってきて、その大きな背中をふんわりと包んだ。
風邪をひいていなければいいのだが。
ペンを持ったままの右手も、眼鏡を外したまま止まっている左手も、
触れるととても冷たかった。
あまりの冷たさになんだか気の毒になり、毛布の上から背中をさすってやった。
起きない。深く寝入っていた。


まさか凍死してしまったのか?
首もとで脈をはかる。やはり冷たかったが、生きているようだ。

まったくほんとうに
こいつは医者の自覚があるのだろうか。

町の人はみな、彼を慕っていていい先生だと言うが、私はまだまだだと思う。
いつもいつも人の事ばかりで、一番肝心な自分の体のことなんてそっちのけなのだ。
医者が病気になったら、いったい誰が治療するのだ。

何度口をすっぱくして彼に言ったことか。
この様子だと、未だにそれを分かってくれてはいないらしい。
困ったものである。
複雑な思いで彼の寝顔を見ていた。
大きな手に自分の手を重ねる。

形も大きさも、こんなに違う。
男と女でこんなにも違う。
同じ人間なのに。




私はほんとうは男に生まれたかった。
レオリオのように、大きく骨ばった男らしい手でありたかったし
がっしりとした肩も比べ物にならない体力も筋力も
羨ましかった。



男に生まれれば
強さのみを、ひたすらに求められたと思うのだ。



必要なのは強さだけだとずっと思っていた。
生きていく為の強さ。
復習を遂げる為の強さ。
すなわち力。
私には圧倒的に力が足りなかった。それを補う為の犠牲もあった。

しかしレオリオを見ているうちに、そうではないのだと、知った。
レオリオは強いだけの男ではなかった。
強さだけでは、生きてはいけない。それを彼は教えてくれたのだ。




「クリスマスの夜だけは、みんなが幸せだといいよなあ」
いつの間に起きたのか、夜更けにひょこっとリビングに顔をだしたレオリオはふとこう呟いた。

彼の言う「みんな」が、この街の皆か、それとも患者たちなのか、はたまた世界中の人々なのかはわからなかった。


自分にすべての人を救うことなんて出来ない。
だから祈る。
この聖なる夜だけは、みんなが幸せであるように。



12月25日の夜、いつものように交わした抱擁が、なんだか特別な気がした。


2009/12/25 Merry Christmas!




2009/12/19
今年はちょっとフライング。
みなさんがハッピーなクリスマスを迎えられますように。