「おまえ、将来、どうするんだ?」
担任に聞かれるたびに口ごもった。
でも今は自信をもって答えられる。

今のオレには誰にも譲れない夢がある。








つづれ織り 11








医者だって万能じゃない。
テレビドラマでよく耳にするこの言葉。

医者を親に持つオレはそのたびに考えた。
親父はこの言葉を口にしたことはあるのかと。

救えない命だって
あったはずだ。
誰よりも優しい心を持つ親父だから
きっとそのたびに自分を責めてきたんじゃないだろうか。

きっとそのたびに、母さんの存在に救われてきたんじゃないかな。

だからこうして
笑顔で働き続けていられるんじゃないかな。



この街に絶体絶命の危機が訪れた。
郊外の大学病院は緊急入院患者でパンク状態だった。
そんな中
みんなの頼りは自治体でも国でもなくどこかの偉い学者の人でもなく
この街の健康を見守り続けてきた親父だった。

一介の開業医に
それもたった一人で
この最悪の事態を回避出来るすべはない。
そんなのみんなわかっていた。
でもみんな信じていた。
あの先生なら信じられる。と。





幸いにも
対策が早く感染地域を極力狭められたことから、一人の死者もでなかった。
抗ウイルス剤が開発され、この街は一命を取り留めた。
ただそれも――時間がかかりすぎた。
今でも後遺症に悩まされる人はたくさんいる。
家から出られないそんな人たちの家に親父は往診に行っている。
ただでさえ忙しくて目も回るような日々を送っていたのに
これ以上は無理だと・・・オレは思った。
自分の親の、そんな辛い姿をオレは見ていたくない。

無力な自分を殴りたかった。
この頃からオレは
あることを思い始めていた。





「母さん、手伝おうか」
あの日
あの嵐の夜。
オレは生まれて初めて心の底から怖いと思った。
母さんがこのままいなくなったら
いったいどうすればいい?
そう思ったら
言いようのない恐怖で頭がいっぱいになった。


「なんだ帰ってたのか、リン」
こうしていつもと変わらない母さんの顔を見られることが
こんなに幸せだと思わなかった。

改めて家族の大切さを思い知る。
「やっぱオレ心配なんだけど・・・寝てれば?」
「もう大丈夫だ。ほら」

母さんが起きれるようになって
動けるようになって
それ以来毎日この会話を続けている。

なんだかトラウマになってしまったみたいだ。
心配だよ。大丈夫だ。
この会話を繰り返さないと
だめみたいだ。



ほんとうに
二人そろって無茶ばかりする両親に、体がいくつあっても足りない思いである。

それでも二人は変わらずオレに笑顔を見せてくれる。
それだけが救いだ。










「「・・・え?」」


親父は熱いコーヒーの入ったカップを口元に運んだまま
母さんはそんな親父に焼きたてのトーストを渡そうと椅子から立ち上がったまま

目を丸くしてオレを見た。
ずいぶん年季の入ってしまった制服を着て
いつもはろくに締めないネクタイをきっちり上まで締めて
朝の匂いのするリビングに登場した。

「・・・ちょっと、ちゃんと聞いた?」
いまいちの反応の二人に、オレは眉をしかめる。

「・・・すまない、もう一度頼む」
「オレも・・・耳が遠くなったかも」



「だから。オレ、医者になりたい」



自分の将来の目標を語っただけなのに
なんだ、なんだこの反応は。
二人とも、なにか言うなりなんなりしてくれよ。


ふと、短い沈黙を打ち破る小さな笑い声。
「・・・ったく、よかったぜ、ハンターになりたいなんて言わなくて。なあクラピカ?」
「ああ、ほんとうに・・・まったくそんな事になったらまた私が倒れてしまう」

ほがらかな二人の笑顔。
まあ、・・・怒られるよりはいいけど。
よりによって笑われるとは。

「親としてはやっぱり、子供を危険な目に合わせたくはねぇしなあ。
ハンター試験なんて・・・オレもうごめんだぜ、あんな死ぬような思いはよ」


なんだろう
この感じは。
久々に感じるこの空気。
家族の空気。


「でも・・・そっかー。医者になりたいか」
「ふふ。まあ私はそのうち言い出すんじゃないかと思っていたが」
「なんでわかるんだよ」
「わかるさ。リンはレオリオの息子だからな」


立派に生きてきた親の背中を見てこの年まで育ってきたオレは
ほんとうに幸せだと思う。
恵まれていると思う。
果報者だ。


なんで医者になりたいんだ?
そんな理由、二人はオレに聞かなかった。
思えばそうだ。そういう両親なのだ。
聞かれたら自信満々でこういうつもりだったのに。

「親父がカッコよかったから」と。

医者として働く親父のことを
ずっとカッコイイと思っていた。
でもそんなこと口に出して言えなくて
ひたすら憧れだけが募った。



「しかしまあ、リンも大きくなったよな」
「・・・なに、急に」

改めて親父が感慨深くそう言う。
「背も私より大きくなったしな」
母さんがふと口を開く。
「そーだなあ。子供の頃はわかんなかったけど、こうして大人っぽくなってくると、リンの顔は・・・そーだなあ、オレの男らしさとクラピカの美しさをミックスしたような感じだな」
「なんだそれは」
「自慢の息子ってことだ」
「ふふ」


よく考えてみるとユーモアがあって、いろんな方向から話題を持ち出す親父と
他の人とは少し違う視点から難しい方向へ話を進める母さんが
こんなに息ピッタリに会話できていることが
不思議でしょうがなかった。
こんなにまったく違うタイプの二人が
こんなに楽しそうに喋っている。

これもまた
絆が深い証拠だろうか。




親父は友達を救えなかった自分に絶望した。
しかしそこで終わらなかった。
自分が医者になればいい。そして友達と同じように――病気で苦しむ人を救いたい。
そして言いたい。金はいらねぇ。

親父は再び絶望した。なぜこの世界はこんなにも――・・・
金が必要だった。力が必要だった。


親父はそんな若い頃の自分のこころざしを、無謀だと笑っていたが後悔はしていないと言った。


医者を目指したことも、クラピカと一緒になったことも、
おまえの親になれたこともなにひとつ後悔していないと
あの穏やかな瞳で空を見上げて
そう言った。




今はまだ言えない。
悪びれずに
二人を前にして

「ありがとう」
と言える日は
まだまだ先だ。



親父は言う。
オレ達家族には明るい未来しか有り得ない。
どんな辛いことがあろうとも
三人でいればいいんだ。

人々はそれをただの理想でしかないと言う。

オレもそう思う。
けれど

オレはこの両親を
誇りに思う。

Fin...



ふたりに子供ができたら、どんな子になるんだろう。
そんな思いから始まったこの「つづれ織り」。タイトルはGLAYの曲からお借りしました。
リンはきっと、人より少し先のことを考えているような子なんじゃないかなと。
だから印象はクールな男の子。でもその分人のこともちゃんと考えてる・・・
つもりなんだけどあんまりうまくいかない。経験の浅さゆえ。
あんな両親を見て育ってきたから、思いやりは人一倍ある。
でも自分がよくわかんない。ケイトとノアに会って、毎日が充実してきました。
リンはそんな子です。
108お題は断片的で、短い話ばかりですがこの「つづれ織り」は、レオクラの集大成みたいな感じです。
だからひとつひとつ大事に書きました。

お付き合いいただき本当にありがとうございました。
この家族がこれからも幸せであることを願います。
2008/10/08

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