こんな商売、馬鹿馬鹿しい。







いろどり








「・・・っしゃいませー」

客がうちの店に入ってくる。
愛想のない小さな声で「いらっしゃいませ」と言った。

某ファストフード店に勤め始めて早4年。
最初はアルバイトだったが、大学に行く気もなかったし、
希望の企業になかなか内定ももらえなかったし、店長の誘いもあったし。
そのまま社員になってしまった。

4年の間に店長もマネジャーもころころ変わり、パートもアルバイトも何十人と入れ替わった。
すぐにやめていく奴らと仲良くなっても無駄だから
自分からは必要最低限のコミュニケーションしかとらなかった。
開店以来働いていたパートのおばさんも、体力的にきついらしく今年の春にやめてしまった。
唯一の「先輩」だったのだが。


正直僕も相当限界を感じていた。
・・・精神的に。


うちの店はスナックから麺類まで幅広く取り扱っていて、レギュラーメニューだけでも20種類はある。
レストランのようにキッチンとホールに分かれているわけでもなく、全員が調理もレジも接客もやる。
ハンバーガー類だけ売ってる隣の競合店が羨ましい。


今の時代、サービスの向上、すなわち「接客」が大事らしい。
接客が悪いと客がこなくなる。


僕だってそう思う。だけど現実は違うんだ。
いろんな客がいる。ずかずかとレジに割り込んでくるやつもいるし、無愛想に注文をするやつもいる。
そういうやつらに「スマイル」を出せるか?答えは否である。
本心を出すな、というのが販売員の掟らしいが、そんなの無理だ。
こっちだって人間だ。

たまにすごくいい客がいる。いい、というのは態度のことだ。
にこやかに注文をしたり、「ありがとう」と言ったり。
そういう人たちに僕は救われている。


今の店長ははっきり言って最悪だ。
それが数字にもちゃんと出ている。彼が来てからというもの目標予算に届いた日など数えるくらい。
昨年比も大きく下回っている。
そんな店長のもとで、やる気など起こるはずもない。

いっそのこと業績悪化でつぶれないだろうか。


見ず知らずの人ににこやかに、丁寧に、商品を売ることのいったいどこに喜びを見出せる?
度重なるわがままなクレーム、職場環境の悪化・・・。
そりゃ社会人になるってことはつらい。そりゃわかってる。
だけども、よりによってこんな「販売」なんて仕事、なんで僕は選んだんだ?
やめようと思えばやめられる。
けれどこの時代
僕みたいなやつを雇ってくれる会社は少ない。


仕事に喜びを見出せないっていうのは
こんなにもつらいものなのか。







今日も変わらない日々だった。
変えたい意識は常に持っている。

だいたい店が汚い。店長はそんなこと気にしていない。
僕がお客だったら、絶対目につくようなところまで汚れてる。
みんな気にしてない。
僕だけなのか?

言い出したい。
てかわからせて変わらせたい。
でも僕にはできない。
自分から現状を変えることがこんなにも苦手なのに。



最近よく来る客がいる。
最近、といってもここ3日くらいだけど。

ずいぶんと背が高い男だった。
僕は22歳だけど、彼は若くも老けても見えた。

今日も黒いスーツだ。
・・・消毒液のにおいがする。

「イラッシャイマセ」
「シナモンパイある?」
「ハイ」
「んじゃ2つ頼むぜ」

こういうしゃべり方の人間は基本的に嫌いだ。
自分と他人の間に壁を作らない。
それは非常識なことだと僕は思う。
いつも通り無表情に、しかし効率的にレジを打った。


たぶん
てか僕の勘だが
この人はこの辺の人じゃないんだと思う。
なんか
異国の感じがする。
交通網が発達した今の時代人種なんてあんまり関係ないんだけど、
この辺に暮らしてる人じゃないんだと思った。
それはあの顔立ちだったり、仕草だったり、まとう空気だったり。


僕がいつものようにレジの横でシナモンパイを袋に詰めていると、
彼は思い出したように、独り言のように話しかけてきた。
癖なのだろう、ネクタイに手をかけながら。

今の時間、アイドルタイム。
並んでいる客はいない。


「兄ちゃん、このシナモンパイ食べたことある?」
「・・・はあ」
「いやー、オレ出張でこの辺来てんだけどね、ここのは安いくせにうまいよな」
「・・・どうも」
「彼女が気に入ってんだよ、ここのシナモンパイ」


いらだちを隠せなかった。
こういう、いかにも「人生楽しんでます」的な奴が嫌いだった。
それは嫉妬以外の何物でもないけれど。


「ドウゾ」
「サンキュー。いつも焼き立てで助かるぜ」


僕はその一言が
しばらく頭から離れなかった。


普通ファストフード店というのは効率重視で作り置きをしておく。
理由はその方が合理的だし楽だからだ。
でも僕はそれに納得いかなかった。
ポップでは焼き立てをうたいながら冷めたスナックを出す。
僕はそれに納得いかなかった。
でも他の店員は気にしてない。


納得いかなかった。
だから僕は僕なりのやり方でこの仕事をしている。
できるだけ焼き立てを出している。作り立てを出している。
別に「喜ぶ顔が見たい」とかそんなクサイこと思ってるわけじゃない。
当たり前のことだと思うんだ。
僕は周りに染まることができない。
自分の考えを曲げることなんてできない。









「・・・マジかよ」
翌朝。
起きたら頭が重かった。
熱を測ってみたら、39度もあった。

一人暮らし、彼女は遠恋。
ご近所づきあいなどあまりなく。
しかし奇跡的に病院は徒歩5分。

大きな病院だった。
病院は苦手だ。



記憶もうつろに、気が付くと小さな診察室にいた。
どうやら無事にたどり着けた。


カーテンの向こうから医者が出てきた。
僕は目を疑った。

「・・・あっ」
ぼやける視線の先には、昨日のあの男がいた。
もっとも、今日は黒いスーツではなくて白衣を着ていた。


まさか
医者だったとは。

しかし、彼の手際の良さを実際に感じて納得した。
ああ、こいつ確かに医者だ。
ここ3日で見た限りの性格上、無駄口ばかりたたく軽い男を想像していたが、
「おー、なんだよシナモンパイの兄ちゃんじゃねーか」
と一言いったきり、黙って真剣に診察された。
昨日とは顔つきがまるで別人だった。


そして再び気づいたら、オレはベッドの上だった。
・・・そんなに重症だったのか?

「とりあえず点滴だけうっとけ。すぐおうちに帰してやるからよ」
目が覚めたと同時に、さっきの医者がやってきた。

「まーったく、働きすぎもよくねーよ。ちょっとは休めよ」
「レオリオ先生、その言葉先生にお返ししますよ」
「・・・ちっ」

隣にいた看護婦がおかしそうに、でも真剣に医者にそう言った。


「おまえのおかげで昨日は彼女と仲直りできたんだぜ」
「え?」
「焼き立てのシナモンパイ買ってったら許してくれた」
「・・・はあ」
「まーったく、顔はめちゃくちゃかわいいんだけどなあ」
「・・・」

「それにしても、過労とストレスで倒れるなんて若いやつのすることじゃねーなあ」
「・・・ほっといてくださいよ」
「ま、おまえみたいな奴はもっと広い視野を持った方がいいと思うぜ」
「はあ」
「仕事は抜群にできる。周りからも好かれる。でも冷めた視点を持っている。それでいてまだまだ子供で感情的。仕事変えた方がいいぜ」
「あんた心療科の人?なんでわかるの」
「いーや担当は外科です」
「余計なお世話だよ。ここ内科ですよ」
「ま、昨日も言ったけど出張で応援に来てるだけだしなあ。人手足りないのよここ」



僕は毎日小さな絶望と小さな喜びを繰り返して生きてる。
小さな世界の中で。
それでいいと思っていた。それが最善で心地いいものと理解していた。
単純に飛び出すのが怖かっただけなのを、認めたくなかったから。


「あと1週間でオレもいなくなるし、それまでは兄ちゃんのシナモンパイ買いに来るからよ」



僕はこういう人間が嫌いだった。
それは羨望だった。
要は自信がなかった。こうなりたいのに。




この人は僕に、漠然とした、親切とは言えない、少なからずの自信を与えてくれた。
1週間後、彼はいつも通りに最後のシナモンパイを2つ、買っていった。



レオクラとは言い難い。
2011/5/6

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