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変わらない日々
一生一人の女に縛られるなんて俺はゴメンだと思っていた。
少なくとも俺の両親はそうではなかったし、愛や恋よりも大切な事なんて山ほどある。
信念とか、友情とか、志とか。かといって暑苦しく堅苦しいのも嫌いだ。
要はすべきことをしつつ、人生に欠かせない娯楽として女をそばに置いておけばいいと思っていた。
自慢じゃないが性欲処理に困るほどモテないわけでもないし、そこそこ楽しんでいた。
はずだったのに。
(愛妻の日ねえ)
勤め先である大学病院からの帰り道、一軒の花屋がある。
駅のテナントに埋もれるようにこじんまりとした店構えで、
それでも店先は色とりどりの花で華やかだった。
俺はその花屋を身近に感じていた。
昨日まではなかった看板が気になり店に入ると、店員の女性はすぐに気付いて「ああ、」とにっこり笑った。
「こんにちは。今日はお早いんですね」
「たまにはね、・・・で、あの看板なんだけど」
小さな黒板にかわいらしい文字で書かれていたのは、「1月31日は愛妻の日」。
それを訪ねると、彼女は「気づいてくれたんですか?アレ私が書いたんです、かわいいでしょ?」と嬉しそうに笑う。
長い髪を一つに束ねて、いつも着ているベージュのエプロンがとても似合う。彼女は得意げに鼻を鳴らせてこう言った。
「言葉のとおりですよ。奥さんを大事にする日です。一般的には花を贈るんですよ」
「へえ~」
初めて知った。少なくともこの国にはそういった慣習があるらしい。右も左もわからずこの地に来て、まだ1年もたっていない。
「でもレオリオさんには、あまり関係ないですね」
困ったように首をかしげる彼女に苦笑して、その日は帰宅した。
そして1月31日。
なるほど、バレンタインやクリスマスのように大規模なお祭り騒ぎにはならないが、花屋を通るたびに同じうたい文句の看板を見かけた。
いつもと同じ帰り道、いつもと同じように店に寄る。実は、あの日に花束を予約しておいた。それを受け取りに来たのだ。
店先にはいつものように彼女がいて、帰り際、俺のことをうらやましいと言った。私も早く結婚したいわ。それが本気には聞こえなかったのだが。
すでに暗くなった道を小走りで急ぐ。なるべく花を揺らさないように気を遣った。
大丈夫、仕事帰りでもスーツはいつも男前だ。伊達眼鏡のバランスもミリ単位で決まってる。靴は毎日ピカピカだ。
なんとなく緊張を感じながら、家のドアを開けた。するといつものようにクラピカが迎えてくれる。その時の表情で機嫌がわかる。今日はノーマル、至って普通のようだ。
「おかえりレオリオ」
「おう」
俺の右手には大きな――大きなバラの花束。あまりにわざとらしすぎて、それこそ作り物のような嘘っぽい花束。
しかし正真正銘本物だ。クラピカは一切不思議そうな顔をしない。当たり前だ。
「クラピカ」
「ん?」
「愛してるぜ」
靴を脱いで鞄を放って、クラピカを片手で抱きしめる。ぐっと力をこめて、すぐに離す。同時にもう片手の花束を差し出した。
クラピカはいつもと同じ、嬉しそうな顔でありがとうと言った。
そして上機嫌な歩き方で、リビングに入っていった。
俺は一人になった玄関先で、やっぱりかと思い頭をかく。思いがけず笑みがこぼれた。
「でもレオリオさんには、あまり関係ないですね」
その通りだった。ことあるごとに、いやなくても、クラピカに花束を贈るのはいつものことだったからだ。
ケンカして仲直りしたいとき。受け持った患者が退院したとき。なんとなく気分がいい日。
だからクラピカは驚かない。いつものように受け取って、いつものように笑えばいい。
うんざりした顔を見せずに毎回喜んでくれる、俺はそういうクラピカのことを好きになった。
きっと今日が愛妻の日だなんて、知りもしないだろう。
それでいい。そんな日を設けなくたって、俺は十分、おそらく世界で一番、愛妻家だ。
愛妻の日企画に上げたお話です。
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