「ほんっとにおめーは、かわいげがねぇよな」
かわいげ
今日もレオリオと喧嘩をした。
喧嘩と呼ぶのも憚られる、他愛ない言い争い。
いつものように軽く罵り合う。もう、出会った時からこうだった。
きっと、一生このままだろう。
嫌いなわけではない。むしろ大好きというのが当てはまるのだろう。
けれど繰り返す。不毛なこの時間を。
今日は、こんなことを言われた。
「ほんっとにおめーは、かわいげがねぇよな」
――と。
私は、なんと言い返したらいいかわからなくなってしまった。
レオリオは、私が何も言わないものだから、調子が狂ったようで、
「・・・あーごめん、うそうそ。ほら、そんな顔すんなよ」
そう言って、今度は機嫌をとりはじめた。
仲直りしようだの、なんか作ってやろうか?だの、
この男の、ころころ態度がかわるさまには慣れていたが、私は気分を害したわけではなかった。
その通りだと、素直に思ったのだ。
私にはかわいげがない。
その日から、「かわいげ」という言葉が、頭の隅に常にある。
かわいげとはなんだろう。
可愛らしい様。その様子。まあ、そんな意味合いだろう。
私にはかわいげがない。
そんなこと、きみに言われずとも、初めから知っている。
男に生まれなかったことを、私は心から悔いていた時期がある。
その名残だろうか、身体はお世辞にも女性らしいとは(おもにバストのサイズのせいで)言えないし、
女性らしい気遣いもできない。顔立ちだって、中性的であると自分でも思う。
自信がないわけじゃない。
私は私に誇りをもっている。
ただ、どうしてこんなにも、レオリオといるときの自分は、「女」をよくも悪くも意識してしまうのか。
・・・そんなの決まっている。彼を愛しているからだ。
彼が望むような女性になりたいと、切望しているから、弱気になってしまうのだ。
そう思ったとたん、思わず笑みがこぼれる。
私にかわいげなんて必要なかった。なのに、愛する彼のために身につけたいと思っている。無謀な挑戦。
――悪くない。やってみようじゃないか。
まずは情報収集。
知ることから始めなければならない。
レオリオの女性の趣味を探ろう。
彼は私を好きだと言ってくれているのだから、そんなことを調べても無意味だが、知っておいて損はないはず。
というわけで、若い女性が多く行き交う街をチョイスして、レオリオを連れ出した。
「めっずらし〜の、おまえがこんなとこ誘うなんて」
レオリオは運ばれてきたアイスコーヒーにストローを指しながら、私を好奇の目で見つめた。
交差点の目の前の、ガラス張りの開放的なカフェ。カウンター席に、隣りどうしで座った。
窓際のこの席ならば、街を歩く女性をひたすら観察できる。
「べつに、たまにはな」
一言そう言って、それとなく視線を外に向けた。
レオリオも同じように外を見る。
さあ、どうだ。流行りの服に身を包んだ小娘から、ハイヒールを鳴らしながら歩くキャリアウーマンまで、よりどりみどりだ。
「レオリオ、すまないが仕事のメールを返してもいいか」
「ん?ああ、ドーゾ」
もちろん嘘である。
タブレット端末に視線を落とすふりをして、レオリオを手持無沙汰にさせた。
彼の視線をそれとなく追う。
生足をさらけ出した、ミニスカートの女子大生。ノースリーブがまぶしい二人組。胸が強調されるタートルネック。――へそ出しTシャツ。
レオリオは、声には出さないものの、小さなリアクションで好みの女性が通るたびに反応していた。鼻の下は伸びきっている・・・。
ああ・・・単純な男なんだな、きみは。要は肌が露出していればいいのか。わかりやすい。潔くすら思える。
調査終了。恐ろしいほどうまくいってしまった。タブレットをしまって、レオリオに声をかけた。
「終わった。待たせたな」
「ん。じゃあ、俺の相手してくれる?」
レオリオは私との距離を一気に縮めた。カウンターに頬杖をついて、下から覗き込むように。
その距離の縮め方は彼にしかできないと思う。私の思惑など、見透かしたように微笑む、愛しい愛しい彼の顔。
私は面食らってしまった。一瞬息ができなくなる。この男は、こんなに整った顔だったか?
「・・・あ、相手、とは」
絞り出すように出た声は、不自然なほど片言に発音された。
レオリオは構わず私の肩を抱く。その力加減と、大きな手のぬくもりに、全身が硬直する。
「デートの。まずはカフェ、次はどこ行く?」
にっこり笑うレオリオ。ふと香る甘い香水のにおいに、さらにめまいがした。色香に、あてられてしまった。
そうだ、私は
この男に、心底惚れていたのだった。それを、忘れていた。
次は、聞き込みだ。
「かわいげ」について、あらゆる年齢、性別、立場の人間から見解を聞こうじゃないか。
サンプルは多ければ多いほど価値がある。しかし、私には数えるほどしかそんなことを聞ける相手はいなかった。
まずはセンリツ。一番気軽にこういうことを相談できる相手だ。
「かわいげ?そうねえ・・・」
センリツは少し驚いたように、それでもじっくり考えを巡らせるように、顎に手を当てた。
その手の動きひとつとっても、センリツはとても上品で、女性らしいと思う。・・・見習おう。
「あらあら、私なんかじゃお手本にならないと思うわよ?」
その指摘に、私は動揺を隠せなかった。彼女には何もかもお見通しか。
「・・・そんなことはない。参考にさせてくれ」
「そう?じゃあ、そうねえ、かわいげっていうのは、その人らしさ、ってことじゃないかしら」
「・・・?」
想定していた言葉とかけ離れた回答。センリツは微笑んで、こう続ける。
「自分らしさを見せてくれる人は、とてもチャーミングだと思うの。女性らしいってことだけじゃないわ」
「・・・そうか」
「あなた、自分じゃわからないでしょうけど、とってもかわいいわよ」
そうやって、小首を傾げて言い切るセンリツの方が、やっぱりかわいげがある。私はそう思った。
古くからの友人。ゴンと・・・キルアにも、聞いておくか。私のこともよく知っているしな。
久しぶりに食事をしないか、と二人を誘った。駅にほど近い、最近オープンしたチェーン展開しているレストラン。
大衆的な雰囲気の漂う、質より量の雰囲気だった。よく食べる二人にはこの方がいい。
メニュー表の端から端までオーダーした二人は、満足そうだ。
「かわいげ?んーと・・・かわいいってこと?」
ゴンは、まるで食べ物の名前を口にするように、その言葉を発音した。
「かわいげのねぇガキ、って俺よく言われるー」
キルアは口をとがらせながら頭の後ろで手を組んだ。
「急にすまないな。かわいげとはどういうことだと思う?」
私は簡潔に用件を述べた。レオリオのことは伏せておこう。ややこしくなる。
「どーせオッサンにかわいげのねーやつ、とか言われたんだろ?」
キルア・・・思っても口に出さないでくれ。私は肯定も否定もせず、黙って目を閉じた。
「え〜っ、ひどい!そんなことないよ、クラピカはかわいいよ!」
「あ、ああ・・・ありがとうゴン」
なんだか妙な会話だ・・・。
「てゆーかさ、いまさら?」
いまさら、とは。どういう意味だ。
私が意味を測りかねていると、キルアは呆れたようにため息をついた。
「レオリオが付き合う女にかわいげを求めてたら、アンタと一緒にならないと思うけど、俺」
ため息をついた口元は、最後に小さくほくそえんだ。その笑みは、友人へ向ける表情。
キルアは私にアドバイスをしてくれたのだ。
「そうだよね!俺もそう思うよ。クラピカはクラピカのままがいちばんかわいいよ!」
ゴンは自信満々にそう言い切った。
信頼する友人たちにそう言われると
なんだかそんな気がしてきた。言葉の力とは、あなどれないものだ。
「お待たせいたしました〜」
話が途切れたタイミングで、文字通りテーブルに乗り切らない料理が運ばれてきた。
今日は私のおごりだと言うと、二人は嬉しそうに白い歯を見せた。
ゴンもキルアも、かわいげがある。
素直で笑顔のまぶしいゴンは文字通りかわいらしいし、生意気なキルアもそれはそれでかわいらしい。
そのかわいげは「少年」という前提があるからであって、あと数年もすれば、二人は「男」になるだろう。
嬉しいような、切ないような。そこまで年が離れているわけではないのに、なんだか母親のような気持ちになってしまった。
レオリオによろしくね、と別れ際のひとこと。
相談できる相手がいる私は、幸せものだ。
レオリオの好みの把握。
友人3人への見解の聞き込み。
以上の結果から、私が今すべきこと。
・・・わからない。わからないのだ。結論が出ない。
レオリオのために、彼の理想の女性らしくありたいと思う。
けれど、周りはそのままでいいよ、と言う。
ではどうすればいい。
「・・・わからない」
小さな溜息と共に、無意識に言葉が漏れだす。恋は理屈ではない。
同じような過ちを何度も繰り返しているから、それは痛感している。
そしてやっぱり今回も、筋の通った答えは出なかった。
さあ、どうしようか。
そうやって難しい顔をしていると、いつもきまって、レオリオは私の変化に気付くのだ。
「おまえ、最近おかしくね?」――と。
隠そうとすると、余計こじれる。
それもまたわかっていた。だから、レオリオが私の変化に気付いた時に、正直に言うことにしている。
私が今、何を考えているのかを。
「・・・かわいげという言葉の意味を追及していた」
「この前、俺がおまえに言ったやつ?」
「ああ」
「気にしちゃってた、のか?」
「まあな」
「・・・わりぃ」
こういう時、レオリオはまず謝る。弁解などしない。すればさらにややこしくなる。彼も学習したのだろう。
いつも通りの流れに、私は少し安心して話を続けた。
二人だけのリビング、早めの夕食の支度をしようとしていた時間だった。
ダイニングテーブルに向かい合って座る。外は明るい。話が長くなっても、空腹が邪魔をするようなことは、まだないだろう。
「私は・・・きみの望むような女性でありたいと思う」
「ああ」
「だから、かわいげがあった方がいいのだと思って、いろいろ試してみた」
「うん」
「けれど、よくわからなかった」
「そっか」
「だから、教えてほしいんだ。私はどうすればいい?」
それまで伏せていた瞳を上げる。
おそるおそる、レオリオを見つめた。真剣に聞いてくれている。
けれど表情は穏やかだ。私のすべてを受け止めてくれている、その表情。
やはり、こと恋愛に関しては、私よりも、きみのほうが何枚もうわてらしい。
「そうだなあ。そのままでいいよ」
想定していた答え、だった。
レオリオはやさしいから、きっとそう言ってくれる。そう思っていた。
「考えてみろよ。おまえにかわいげがあったら、それはもう、おまえじゃないだろ」
・・・。
それはそうなのだが、なんだかすごくけなされている気がする。
それを解決するための議論なのに、なんだか堂々巡りだ。
「俺はさ、かわいげのかけらもないくらい、かわいいおまえが好きなの」
レオリオはふと目をそらして、人差し指で鼻の頭をかいた。
言葉の意味を理解しようとするが、追いつかない。
顔の前にいくつもクエスチョンマークを浮かべている私に、レオリオはあきらめたように笑う。
「おまえはわかんなくていいの。おまえのかわいさを知ってるのは、俺だけでいーの。わかったら、メシにしようぜ」
メシにしようぜ。その言葉で区切りがついたわけだが、うやむやにされた感はなかった。
ともに食事をする。それを続けていく。それが、なんだかとても幸福なものに思えたから。
メシにしようぜ。・・・いい言葉だ。
きっと、これからも私とレオリオのくだらない言い争いは続くのだろう。
またあの言葉を言われる時もあるだろう。
かわいげがねぇな。
そうしたら、私は胸を張ってこう言い返そう。
それがどうした。私にかわいげがないことくらい、きみがいちばんよく知っているだろう。――と。
2019/07/18
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