きみが好き




「きみは、私のどこがそんなに好きだというのだ?」


レオリオが思うに、今は、そういう類の――好いた惚れたの話をするような雰囲気ではなかったし、
突然、後ろからそんなことを聞かれ、驚いて振り向いた彼が見たのは、やっぱりそんな甘ったるい表情などしていない、
どちらかというと”凛々しいほうの”クラピカだった。
”かわいいほうの”クラピカは、家の外ではめったに顔を見せない。

クリスマスが近づく夕暮れの繁華街。二人で歩いているときだった。
あまりの人の多さに、並んで歩くことをあきらめ、クラピカはレオリオの後ろに隠れるように歩いた。
こういう時、彼の身体の大きさが有り難い。行き交う人々を避けながら歩くのは、なかなか疲れるのだ。

今日はなんかのイベントか?あー、そういや、駅前の広場が騒がしかったな・・・それでか。
レオリオの思い当たる節に合点がいったところで、突然クラピカが問いかけたのだ。私のどこがそんなに好きだというのだ?――と。
混雑した歩道のど真ん中、立ち止まるわけにもいかず、レオリオは前方と、クラピカの方を交互に向きながら口を開いた。

「あー・・・なんつーか、すげえトートツだな」
「ああ。急に疑問がわいたのだ」
「おまえの頭脳はいつでも活性化されてっからな…」
「単純に、不思議に思ったのだよ。こんなにたくさんの人がいて、きっと、きみのことを好きだという女性だって、
数は少ないだろうがいただろうし、」

人が多ければノイズも多い。この喧騒の中、クラピカのぺらぺら長いウンチクを聞かされているようなトーンで話されても、聞こえづらい。

「はあ?なんだって?」
「だから・・・」
「いや、いーや、後半けなされてるってことだけわかったわ」
「聞こえてるじゃないか」

なんだって、こんな、歩いているときに。
目的地についてからでいいじゃないか。
しかも、「私のどこが好きなの?」なんて、歩きながら話すようなノリの内容じゃねえだろ・・・。

それをクラピカに察してもらおうと、レオリオはわざと言いづらそうな素振りで、歩幅を狭めた。
「そーだなあ、えーっと〜、いっぱいあるけどなあ〜〜」

ほら、察しろ。人にはぶつかるし声は遠いし、な、わかるだろ?――と、クラピカに伝わるように心の中で念じた。が。
彼女は、レオリオの言葉の続きを待っている。その表情は、うずうずとしていて、寒さのせいか頬と鼻の頭が赤い。
いつもより、いくらか幼くも見えた。

反則、なんだよなあ・・・。その、か〜わいい顔。
レオリオは困ったように眉をひそめ、一方、口もとは嬉しげに緩められた。自分はいつも矛盾と葛藤している。クラピカのことになると。

仕方がない。レオリオはそう思い直して、一歩後ろを歩くクラピカの手を取った。
人の流れを遮るように、歩道の端へ寄り、側道へ入る。そこは車一台通れるくらいの、静かな裏路地だった。
心もとない街灯が、あったりなかったり。人もまばらで、さきほどまでの、イルミネーションが施されたメインストリートとは、あまりにも違っていた。

「ふう・・・人多すぎ。あー、やっとのびのび歩けるぜ」
「レオリオ。道はこっちでもいいのか?」
「ちょっと遠回りだけど、いいだろ。おまえとこうして並んで歩けるし」

そう、それが目的だった。
自分の持った疑問に、いちはやく答えがほしい。
きっと、それはクラピカの生まれもった知的好奇心からくるものだろう。
「どこが好きか」という感情論に、知的もなにもないが、とにかくクラピカは、レオリオと、今、話したいのだ。
そう判断して、道を変えた。
クラピカとしては、たくさんの人の流れに身を置き、ふと、思ってしまったのだ。
津々浦々、美しい女性はたくさんいる。なのにどうして私だったのだろう――と。
純粋な疑問。そして少々の不安。複雑な感情に支配される前に、答えがほしいと思った。そして今に至るのだ。


「で、なんだっけ」
「きみは私のどこがそんなに好きだというのだ?」
「あー、はいはい、そうでした」


薄暗い明かりの中、目的地へ向かって二人は並んで歩き出す。いつもの距離で、並んで。
クラピカが隣を見上げれば、背の高いレオリオの、絶妙な角度が堪能できる(これはクラピカの弁)し、
レオリオが視線を下に落とせば、怒っていようが笑っていようが、クラピカの長いまつげとサラサラの金髪は、いつでもそこにある。

もう、すっかり見慣れた、けれど愛おしいその光景。自分だけの特権。
なんだか可笑しくなる。飽きることがない。

「べつに、もとからおまえみたいなのが、タイプだったわけじゃないさ」

それを口に出すのは、多少憚られたけれど、本音でもあった。
きっとクラピカは本音を聞きたいだろうから、それに従ったまで。
ていのいいことを繕って言ったって、訝しげに睨まれるだけだろう。
まあ、反応はいくらか予想できる。


「ほう・・・というとやはり、私とは真逆の、色気があって、女性らしくて、」
「そうそう、――って痛い!つねんなよっ!」
「すまない。不愉快になったのでつい」


ストレートに機嫌を損ねたようだ。想定内。
クラピカにとってはダメージを与えやすいのであろう、彼の太もも付近を思いっ切りつねられ、レオリオは思わず飛びのく。
いつかシャレにならなくなる気がする。おまえはいろいろ”並み”じゃねえんだから・・・。

そう、好みのタイプ、としては、クラピカは当てはまらなかった。
なのに、どうして、こんなにも心奪われてしまったのか。それは、レオリオ本人が一番知りたいところでもある。
彼女の言うとおり、レオリオに対して好きだと言ってくれる女性は、昔も、そして今も、少なからず、いた。
昔はともかく、今に関しては、クラピカ以外の女など、どういうわけか、欲しいとは思わない。
そりゃあ、いい女が誘惑してくればラッキーに思うし、ワンチャン・・・とかも思う。けどそれだけだ。
心まで欲しい、とは、どうしても、思えないのだ。

確かに、クラピカは綺麗だし、かわいい顔をしてるし、頭もいいし。
容姿端麗、才色兼備であることは間違いない。が、それ以上に、レオリオが苦手とするポイントだって多い。
少しでも癇に障ることがあれば、倍以上の小言を返されるし、言い訳をしようものなら論破は確実だし、態度は至って高圧的だし、
なかなかに小難しい性格だ。

けれど、だんだんわかってきたことがある。

レオリオは、足を止めて、顎に手を添えながらクラピカを見た。彼女もつられて立ち止まる。
クラピカの頭のてっぺんからつま先まで、視線を落としつつじっと見つめながら、レオリオはゆっくり口を開いた。

「不思議なもんで、一生そばにいてやらねえとな、って思っちまったのと、
あー、こいつの隣にいたいなあって、毎日思っちゃうんだよなあ」

わかってきたこと。
クラピカは完璧じゃないということ。
恋をすれば人並みに舞い上がったり焦ったりもするし、失敗だってする。
器用に見えて、不器用なだけ、なのだ。

好みのタイプ、の分類わけができない。クラピカには不思議な魅力がある。
そう思ってしまうあたり、べた惚れ、というところだろうか。
レオリオはそれを自覚して、頬が紅潮するのを感じた。
なんだかおもしろくない。こと恋愛に関しては、彼女と対等でありたいと思いつつも、
やっぱり男として、常に主導権を握っていたい、という気持ちも、少なからず、ある。

そんな気持ちが、むくむくと大きくなっていく。それを行動に移すのは、レオリオにとっては容易だった。
先ほどの、予想外にも真面目なレオリオの言葉に、少なからず感銘を受けているであろうクラピカの手を再びとって、
今度は、側道からビルとビルの間へ連れ込んだ。わずかな隙間。偶然、道路という公共の場所から、隠れられるような場所だった。

不意を突かれたクラピカは、すっぽりとレオリオの身体に抱きとめられていた。
まったく・・・いつも、いつもこうだ。こういうことは、いつだってレオリオが先手をとるのだ。
そのたびに、こんなに驚いて、こんなに嬉しくて、鼓動がうるさくて仕方がない。
口を開いて文句を言いたい。それこそ弾丸のように。
けれど、彼の胸に押し付けられた顔は、やっぱりいつも通り、居心地がよくて、毒気をぬかれてしまった。
いい匂い。やさしい音。――卑怯だ。

「・・・クラピカ」
「・・・なんだ」

「キスしよっか?」
「・・・・・・・・・、・・・」

「な。」
「・・・」


なにかを言っても、言わなくても。結果は変わらない。なら今回は、黙ろうと思った。
暗がりの中、彼の瞳を見つめるのに集中したかった。大人ふたりがやっと通れるくらいのビルの隙間。室外機だけが、ぽつんと置かれていた。
すっかり日は沈み、周りは誰もいない。離れた大通りから、車のクラクションだけが、遠く響いた。

静かに重ねられる唇。どうしてこの男は、こんなにもやさしいキスができるのだろうと、クラピカは頭の中をその疑問だけで埋め尽くそうとした。
じゃないと、正気でいられなくなる。こんなところで。それだけは御免だ。

短いような、長いような。早く解放してほしかったし、もっと抱きとめていてほしかった。
お互いの顔が離れ、再び視線が合う。この瞬間――キスをしたあとの、この間が、いつも耐え切れないくらいに恥ずかしくて、
すぐに目をそらしてしまうのに、今日は、なぜだか、このまま見つめていたかった。薄暗い光がつくる影のせい、かもしれない。

「・・・これでいい?」
「・・え?」

レオリオは笑顔を見せて、クラピカの頭に手を置いた。

「返事。どこが好きなのって話の続き。まだ聞く?」

ふいに顎を持ち上げられる。問いに対しての答えになっていない、なんて悠長に言い返す余裕はなく、クラピカは慌てて、その手を振り払った。
当然だ。これ以上なにかされたら、――理性を保つ自信がない。そんなこと、絶対にレオリオに悟られたくない。
いつでも気丈な私を振舞わなければ。クラピカは必死にそんな自分と戦っていたが、もちろん、レオリオには手に取るようにわかっていた。
長い付き合いだ。”こういうこと”をしているとき、クラピカの表情の変化で、なにを考えているかくらいは、わかるのだ。

「・・・もういい。じゅうぶんだ」
「あっそう。わかってくれた?」
「・・・悪くないとだけ、言っておこうか」

真っ赤な顔で、精いっぱいの強がりを言われても、かわいいとしか思えない。
まったくほんとうに、こいつは。

レオリオは吹き出しそうになるのをこらえて、クラピカの手を引き、もとの裏路地へと戻った。

「っとにおまえは・・・何様だよコラ」
「問題でも?」
「いや、ねえけどさ」
「ならいい。・・・レオリオ」
「ん?」
「・・・・・その、・・・ありがとう」


その「ありがとう」が、少し前の、「隣にいたい」という言葉に対してだ、とレオリオが理解したのは、
目的地の空港―――クリスマスまでの期間、小旅行をする予定――に、到着してからだった。






2019/09/13



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