ずっと守り続けるよ
僕は僕らしく












この街で君と暮らしたい 18











オレがこの部屋に引っ越してきてからというもの
毎日が慌ただしく過ぎていく。

そう、他人だったはずのクラピカと暮らすようになってから――



「おい!起きろ!」
「・・・ん〜」
「今日は1限からなんだろ?遅刻すっぞ!」


あの三者面談以来、クラピカは大学進学を決意した。
そして見事に合格する。

「・・・眠い」
「だめ!起きろ!」

しかしこのアパートからはものすごく遠い。
大家の親父は大学の近くにアパートを借りて一人で住んだほうが楽じゃないか?と提案したが、クラピカはここを出て行きたくないと言った。

電車と徒歩でかれこれ2時間半。
クラピカは授業がある日は毎日休まず通っている。

「・・・起きた」
「よし。早く顔洗って来い。あと今日もバイトなんだろ?メシは?」
「ん・・・帰ってきたらちゃんと食べるから・・・よろしく頼む」


それぞれの目標に向かって
オレたちの毎日はめまぐるしく過ぎていく。
クラピカも高校のときからやっていたバイトを増やした。

「おいおい、大丈夫かよ?」
「おまえに言われたくない。おまえの方が何倍もがんばっている」

オレの心配をよそに
クラピカはすまし顔だ。


オレはずっと
心に決めていることがあった。





・・・・・





「・・・・っクラピカ!!!!!」
もうすっかり慣れてしまった202号室。
階段をばたばたと駆け上がり、大きな音を立ててドアを開ける。
「レオリオ・・・」
部屋にいたクラピカはぱっと顔をあげて緊張した面持ちで立ち上がる。

「・・・オレ・・・っ」
「・・・・どうだったんだ」
「合格した・・・」


震える手。弾む肩。
クラピカはしばらく目を見開いて止まっていたが、やがて泣きそうな顔でオレを抱きしめた。
あまりの馬鹿力に
肋骨が折れそうだったが、その痛みすら嬉しい。
医学部の卒業試験に合格したときも
クラピカは自分のことのように喜んでくれた。
そして今も
泣きながら喜んでくれている。

無事に
医師国家試験に合格した。

「レオリオ、嘘じゃないか?」
「ほんとだよ」
「ということは・・・もう免許があるのか」
「まあ、研修医としてだけどな」
「・・・なんだか嬉しすぎて死にそうだ」
「ああ。・・・ありがとう」
もう一度強く、抱きしめる。小さな肩に顔を埋める。
こんな情けない泣き顔
見られたくなかったから。


クラピカと出会ってから
すなわち同棲を始めてから
5年が経とうとしていた。




・・・・・




クラピカは髪を一度も切らなかった。
前髪だけはオレがいつも切ってやった。

今のオレの楽しみは、クラピカのヘアアレンジ。
「今日はおだんごにする?」
「ん、任せるのだよ」


クラピカはすっかり大人びてきて
大人の女性になっていた。
それでもどこかあどけなさが残る。

料理もすっかり上手くなって
オレが「いつもありがとな、奥さん」と言うと――
顔を赤らめてそっぽを向く。



研修医として働き始めた頃
ずっと心に決めていたことを
クラピカに伝えようと思う。

きっと医者として一人前になるまでのこの2年間は
想像を絶する毎日の連続だ。
だからこそ
今しかない。





「ほーら、起きろ。いつまで寝てんだ」
ずっと変わらないものがある。
クラピカの寝起きの悪さ。
今日もいい天気で
カーテンから眩しい陽射しが差し込む。

「・・・ん・・・・」
「早く起きないと襲っちゃうぞ」
もぞもぞと布団に潜り込もうとするクラピカの上に、ふざけて覆いかぶさる。
そして返ってきた当たり前の反応。

「ちょっ、やめ・・・、・・・・?」
ありったけの力でオレの胸を押し返す。
クラピカは自分の手を見て驚いたように目を見張る。

「・・・レオリオ」
「ん?」
「・・・・これ・・・」

クラピカはすっかり目が醒めたようで
体を起こしてオレの顔と自分の左手を交互に見つめる。

クラピカの白くて綺麗な左手の薬指に、負けずと輝く指輪。
「・・・綺麗」

クラピカが思わず見とれるほど
指輪は美しく光っていた。

「それ、外して・・・内側見てみ?」
クラピカは言われるがまま指輪を外し、内側を覗き込む。
「・・・なにか書いてある。
・・・I protect you.・・・・」


「僕は君を守るよ」


クラピカが刻印を読んだのと同時に
オレは口を開く。

さっきからクラピカは
まばたきをしていないんじゃないか?
ほんとに
かわいい。



「結婚しよう」



もっと緊張するかと思ったけれど
自然な笑顔で
ストレートに言葉に出来る。

「おまえが大学卒業して・・・オレもちゃんとした医者になれたら、結婚しよう」
「・・・結婚?」
「これからもこの部屋で、おまえと暮らしたい」

クラピカはしばらく気絶したように止まっていた。
そしてぼろぼろ泣き始めた。

「なんだよ、嫌か?」
結構、泣き虫なんだよな。
強がってるけど
誰よりも素直で
綺麗な涙を流せる。

「ほら、貸してみ」
外したままの指輪を受け取り、クラピカの左手をそっと取って、薬指へ。
「婚約指輪、な」
ふっと笑って、そのままクラピカを抱きしめる。
「結婚しよう、クラピカ」
「・・・・・・・・・うん」


腕の中から
震えた声が聞こえた。
誰よりも愛しい
クラピカの声。


ふとクラピカがぽつり、ぽつりと口を開く。
そういえば私の誕生日も、同じようにピアスをプレゼントしてくれたな、と。
オレは知ってる。
毎日必ずそのピアスをつけてくれていることを。
そして今日も
変わらずに。

「ああ、枕元に置いて・・・だろ?」
「レオリオは本当に私を喜ばすのが上手い」

クラピカの嬉しそうなその声が胸に響いた。









思えばオレは格安物件を探していただけだった。
あの大家の親父がもっとあくどい顔をしていたら
どんなに安くてもオレはこの部屋に決めなかった。

こんなにかわいい女の子がオプションでついてきた。
でもどうにも手のつけられないじゃじゃ馬で、それでも好きになってしまった。
そして彼女もオレを好きと言ってくれた。

気付けば誰よりも信頼できて
誰よりも愛しい存在になっていた。

この部屋で
この街で
ずっと君と暮らしていきたい。


Fin...





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2008/09/18
元ネタは小松未歩さんの「この街で君と暮らしたい」という曲。とてもいい曲です。
思えばこんなに長い連載は初めてです。どこで終わりにしようか、悩んでました。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。