言えなかった
「ずっと好きだった」





この街で君と暮らしたい 〜HELLO MY LIFE〜





僕は
恋をしたことがなかった。
どういうものが恋なのか
わからなかった。

そうして今まで生きてきた。
高校に入学して
僕は変わった。

恋をしたから。




騒がしい教室の中でも、その人だけは別空間にいるような雰囲気だった。
話したことなど一度もない。
だけど
気付けばよく彼女を見るようになっていた。

彼女の印象的な金色の綺麗な髪が僕の目から離れなかった。


そのときは好きだとは思っていなかった。
誰とも相容れずに
一人で過ごす彼女に興味を抱いただけだったのかもしれない。
どこか殺伐とした、彼女の独特の雰囲気。

ただそれがやわらかい感じにかわっていった。
毎日見ているとそれが分かる。
2年生に上がったときのことだったと思う。

一人で過ごしていた休み時間も
知らない間に女友達と一緒に過ごすようになっていた。



うちの高校の映画部は結構有名で
毎年文化祭では映画部の発表が行われる。
それが文化祭の大きなメインの一つでもあったし
プロの人も見に来ることが多かった。

もちろん僕も、見ていた。
そして見つけた、スクリーンに数秒だけ映った彼女の姿。
あの綺麗な髪を靡かせて
淡々と喋っていた。



真っ暗なこのホールの中に
彼女はいるのだろうか。
果たしてこれを見ているのだろうか?


ふと
隣の男の人が口に手を当てて目を細めていた。
まるでその微笑を隠すかのように。

もちろんこの映画は一般に公開されて
僕は一般の人に紛れてこの席に座っていた。

彼は僕よりいくらも背が高くて、ふわふわといい香りがする。
暗闇でわからなかったけど、細身の体にスーツが良く似合っているように見えた。
ああ
こういう同性に憧れてしまう。

その瞳は穏やかで、彼を見ると、あの人を思い出した。
金色の髪の、あの人。





それから
何のかわりもなく毎日が過ぎていく。
僕が彼女を見ることも変わらなかった。
好きで好きでしょうがない、という必死の感情からではなくて

気が付くと彼女に目がいってしまう。
目があう前に
すぐに視線をそらす。

その程度だった。
だけどそれがずっと続いた。

張り切って書き始めた日記帳もすぐに飽き
鍛えるために始めたマラソンもやらなくなった。
全てが中途半端なこの僕に
毎日続けられることができた。




マフラーが手放せなくなった。
もともと僕は寒さに弱くて
この寒いのに学校なんか行きたくなかった。

やっと帰れる下校時間
訳もなく窓から身を乗り出して、帰宅する生徒をぼんやり眺めていた。

教室は効き過ぎの暖房で暑いくらいになっていて、流石の僕も耐えられなかった。



ふと、校門の前に一台の車が止まった。
その車を取り囲むようにしてギャラリーが続々と集まる。

ここからはすべてがよく見える。


と、その取り囲みの中から一人出てきたのが
彼女だった。

なにやら運転席に向かって話しかけている。
知り合いだろうか。


走る必要なんてなかった
見に行く必要もなかった
だけど僕はカバンを持って、あわてて靴を履いて校舎を飛び出した。


息を切らして僕が見たのは、車に乗り込む彼女と、
――文化祭のとき、僕の隣に座っていた、男の人だった。

あの穏やかな目は
スクリーンの中の彼女に向けられていたのだ。
きっと今も
あの優しい目で彼女を見ている。


僕は
マフラーを教室に忘れた。
手放せなかったはずなのに
寒さを感じず、そのまま帰った。






卒業式はあっという間だった。
ついに彼女と話すことさえなく
終わっていくのか。


3月はまだ寒いはずなのに
今日は春みたいに穏やかな天気だった。

卒業証書をカバンに突っ込み
仲間の輪の中に溶け込み校舎を出る。

校門をくぐるとき
横には彼女がいた。


そして、あの男の人も、スーツを着て、彼女の隣にいた。
やっぱり優しい、穏やかな目をしていた。
二人の会話を
今でもよく覚えている。



「よ、クラピカ。迎えにきてやったぜ」
「・・・まったく暇だなおまえは」





出逢ったのは春
別れたのも春
この季節は実に残酷だと思う。


しかしそれでも春はこの大切さを僕に教えてくれた。
出逢うこと。別れること。人を想うこと。

「ずっと好きだった」
このとき初めてそう思った。
好きだったんだ、ずっと。


それを今さらわかって
どうするというんだ。
この、片道の恋を。



僕の上から季節外れの粉雪が舞った。






それから何年もして
彼女が結婚したと、高校時代の知り合いから電話で聞いた。

受話器を耳に当てる僕の足元で
今年1歳になる娘が嬉しそうに笑っている。



2008/09/30
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