悩み




俺は浮かれていたのだ。
好きな女と両思いになれて、俺を受け入れてくれている。
求めてくれている。その事実に。

けれど、ふと、思った。
少し、やりすぎではないか、と。
昨日も。今朝もした。
頻度が多すぎやしないか。・・・・・・。

本当に、ふと思っただけなのだ。
昼飯に、ありあわせの材料をぶち込んだだけのチャーハンを炒めているときに。

「・・・」

俺はそのまま考え込んでしまった。
べちゃべちゃだったチャーハンが、強火に煽られみるみる固く焦げていく。
火を止めなければ。いやその前に、考えをまとめなければ。けれど腹は減っている。まずは食べないと。

なんだってこんな時にこんなこと思っちまったんだ。
かきこむように焦げかけのチャーハンをたいらげ、とりあえずベランダで一服する。
落ち着かなければ。

さいわい、クラピカは仕事に出ている。俺は休日だ。
よく晴れた午後。マンションの前には大きな公園がある。下から子供の遊ぶ声もする。
ここは7階。緑いっぱいの木々を見下ろして、大きく煙を吐き出した。

「・・・ハァ」

そう、頻度が多すぎる気がする。
彼女との、セックスの。
そんなこと、今まで思ったこともなかった。なんの疑問も持たなかった。
昨日は、俺は仕事でクラピカは休み。帰りに少し飲んで帰って、酔った勢いでそのまま。
今朝は、クラピカが遅出だったから、起きてじゃれあっていたら、そのまま。

気持ちよかった。昨日も今日も。それはもう、間違いなく。
手すりに体を預けたまま、後ろの寝室を振り向く。
大きなダブルベッドがひとつ。朝のまま、シーツは乱れっぱなしだった。
クラピカが帰ってくる前に、シーツを新しいものに替えなければ。てことは洗濯もか。
まあいい。ゆっくりやろう。今の時期、日は長い。

真っ白い、乱れたシーツを見ると思い出す。
クラピカがどんなふうに、俺の腕の中にいたか。どんな顔で、どんな声で、反応していたか。

(・・・やべ)

まったく、これじゃパブロフの犬だ。
事後のベッドを見ただけで、血液がじわじわと一か所に流れていく。
目を閉じて、頭をかいた。思春期かよ俺は。

それにしても、なんでこんなにもやもやするんだ。
頻度が多いのは悪いことじゃない。

そうだ
クラピカの気持ちがわからないからだ。

そりゃあ、付き合っているのだから、俺のことを好きなのだろう。
求めれば答えてくれるのだから、クラピカもしたいのだろう。

けれど問題はその頻度だ。
クラピカの理想の頻度はどれくらいなのだろう。
それを知らない。なんてこった、そんなの、最初に確認しとくべきじゃないか。

クラピカといると、なんというかこう、我慢がきかなくなる。
いざ隣にいると、言葉よりも、先に体が反応してしまう。吸い寄せられるように。
その結果がこれだ。クラピカはもしかしたら、うんざりしているかもしれない。俺の性欲の強さに。

――煙草をかみしめる。
なんともいえない味がした。


うんざりしているかもしれない。
さあ、(仮にも)こんな結論に至ってしまったのだから大変だ。
ここから先は、クラピカの気持ちを足りない頭で必死に想像するしかない。
こういう時、アイツの論理的な思考を得意とする頭脳が羨ましい。

俺がしたいと言えば、クラピカは応じてくれる。
打率7割と言ったところか。かなりの数字だ。
逆に、クラピカから求められたことは、あっただろうか。
・・・。
ない、わけではない、が、数えるほどしかない。

では態度は?どうだったろう。
仕方なく、というときもあったんだろうか。
しかし、アイツはそんな態度を隠せるほど器用じゃない。それは俺がいちばんよく知っているつもりだ。
俺が、気づいていないだけなんだろうか。夢中になりすぎて、好きになりすぎて、肝心なクラピカの気持ちを考えていなかったんじゃないか。
それを言えないだけなのかもしれない。俺を傷つけたくなくて。嫌われたくなくて。アイツはそんなやつだ。

考えれば考えるほど、どんどん悪い方向へ思考が広がる。
慣れないことはするもんじゃねぇ・・・。

こんな悩みをもつなんて、信じられないことだった。
自慢じゃないが、「彼女が欲しい」と思えば自然と隣には女がいた。それなりに満足してくれていたと思うのだ。

今の俺は本当に俺か?
今までが本気じゃなかったわけじゃない。
その時の俺なりに、真剣だった。ちゃんと向き合って、真摯に接してきたつもりだ。


クラピカは、次元が違う。
はは、なんてこった。
俺はここまできちまったのか。なんて女々しい、愚かな俺。
あのころの悪友が今の俺を見たら、なんて言うだろう。
羨ましがるかな・・・真実の愛を見つけた、ってな。




真実の愛、か。やっかいだ。こんなにも、遠回りしないと解決しない悩みを運んできやがる。
俺よりも何十倍も深刻になりがちで、石頭で、生真面目なクラピカは、きっと今の俺以上に、
常に何かしら悩んでいるのだろう。
気が遠くなる。そんなの、楽しくねえだろ。

「・・・楽しい、か」

ぽつり、と口を開く。俺はクラピカといると楽しい。じゃあアイツは?
こんな風に悩んでばかりなら、楽しいよりもしんどいことの方が多いんじゃないか?

そう、思ってしまった。


おいおい、勘弁してくれ。
なんだって、セックスの回数の悩みから、俺とクラピカの今後のことにまで考えが波及してるんだ?

やっぱり駄目だ。俺は頭を使って悩むのは、とことん向いてない。
医大にだって入れたし、そこまで出来の悪い頭じゃなかったと思うんだが。
悩んだってなにも解決しない。行動しなければ。
俺らしくなかった。
今後、チャーハンはもうつくらないようにしよう。
フライパンをふっている間に、またなにか新しい悩みの種が出てきてしまうかもしれない。
リゾットとか、カレーにしよう。


気づけば灰皿は吸殻で満タンだった。
もう、だいぶ日が傾いている。子どもの声もしなくなった。かわりに下の階から、スパイスのいい香りがしてきた。


日が落ちて、夜になれば、クラピカが帰ってくる。
今日の夕飯リクエスト、キッチンのメモに書いてあるはずだ。
それを見て、準備しなければ。風呂も沸かそう。きっと疲れて帰ってくる。

そうだ
忘れてた。
洗濯はまた明日だな・・・。






2019/07/16

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