つづれ織り 〜neverland〜
「ねえリンー」
ケイトの声はどちらかというと「ハスキー」。
でもオレはそんなケイトの声も好きだ。
「風が気持ちいいよ!」
外から聞こえる嬉しそうな声。
オレは部屋の中からケイトを見ていた。
あれからどれくらい経っただろう。
ケイトと出会ったあの日から。
20歳まで生きられないかもしれない。
それがケイトの運命だった。
しかしこうしてケイトは元気に外に出ることが出来る。
オレのそばにいてくれてる。
運命は変えられる。人の力で。
ケイトの19歳の誕生日も
20歳の誕生日も
そして21歳の誕生日も
祝うことができた。
オレは分厚い本を閉じて、立ち上がる。
部屋の中は本だらけ。
医大生のオレには――やるべきことがたくさんある。
「ケイトー」
「なに?」
「ドライブに行こうか」
もうすっかり秋が深まって
吹く風が心地いい。
そんな秋の気配に誘われて
二人でドライブに出かけた。
「なんか久しぶりー、リンとドライブなんて」
「たまには、ね」
ケイトは今年髪をばっさり切った。
髪型を変えただけでこんなに雰囲気が変わるなんて思わなかった。
――特に、女の子は。
「助手席に座ってるんだから、うまく誘導してくださいよ」
「はいはい、了解」
ああ、オレは完全に落ちてしまった。
ダメなのだ。
ケイトのこういう笑い方が好きで好きでたまらない。
ケイトは地図を広げて
オレは風景を楽しみながら
時間は過ぎていった。
たまに
いや、しばしば。
ケイトは体調が悪くなる。
当たり前といえば当たり前なのだ。
こうしていられることが――本当は奇跡に近いから。
正直怖い。
いつ、ケイトがいなくなってしまうのか。
それは本当に突然かもしれない。
だから、怖くてたまらない。
しかし体に異常はない。
もう大丈夫、なはずだけど。
不安になるときいつも自分に言い聞かせる。
信じること。これが大切なのだと。
「ねえ、今日はどこに行くの?」
さっきから嬉しそうに笑っている。
今日は調子が良さそうだ。
こんな日がずっと続くといいのに――・・・
親父と母さんは仲がいいけど、それと同じくらい、ケンカもする。
昔のことだが、被害がオレにまで及ぶことがあった。
そして今。
オレとケイトも――
よくケンカをする。
親父と母さんのように
人並み以上にケンカをする。
出会いは最悪だった。
それはお互いが短気だったから。
初対面で暴言を吐きあった。
ひとしきり言い争ったあと、にらみ合ってお互いの家に帰る。
メールも電話も一切無し。
お互い頭にきているから。
乱暴に部屋のドアを開けてバッグを放り投げる。
そして指のリングを外す。
離れていても共有できるものが欲しくて
安っぽいおもちゃみたいな指輪だけど
二人で選んで買った。
肌身離さず持っていた。
ぎゅっと指輪を握り締めて、小さな箱にしまった。
捨てることはできなかった。
そんなこと、できなかった。
しかし仲直りは早かった。
最短記録は1時間。
我慢できず、ケイトの家に走っていって、謝りに行った。
夜中でも朝方でも関係ない。
ついさっき引き出しの奥にしまい込んだ大切な指輪を取り出して
ケイトに会いに行った。
こんなことをずっと、繰り返していた。
それでもオレはケイトを愛していた。
今も変わらずオレの夢は
親父のような医者になること。
・・・
「すまんねー、やっぱりまだ腰が痛くて・・・」
「構いませんよ、何かあったらいつでも来てください」
あれから、背が、伸びた気がする。
もうとっくに成長期は過ぎたはずなのに。
「・・・なあ、リンちゃん、少しやせたんでねぇか?」
「・・・”ちゃん”はやめてくださいよ」
「いやいや、ほんとに、大丈夫か?」
「平気です。僕には専属の栄養士がいますから」
そう言って、隣に立っているケイトに目をやる。
ケイトは笑ってうなづいた。
「そうそう、奥さん、妊娠おめでとう」
「ありがとう」
ケイトは腹部に手を当てて
嬉しそうに微笑んだ。
親父もこんな気持ちだったのだろうか。
開業医として独立して
大切な人がそばにいて
言いようの無いこの感情を――
感じていたのだろうか。
オレは親父のように
愛情表現が上手くない。
ケイトが望む様に、愛の言葉を囁けない。
それでも触れた箇所から全て伝わってくる。そして伝えられる。
そんな気がする。
ケイトは今日もオレのそばにいてくれてる。
2008/11/14
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