おまたせ 02


保健室に到着した。
さっきまでじたばたと騒いでいた馨はすっかりおとなしい。
諦めたようだ。
足首の負傷は意外とやっかいなんだ。無理して歩くと後で後悔する。
それをこいつは知ってるはずだと思ったんだが。

ドアを開けて保健室の中に入るまで、廊下の生徒の視線が俺たちから逸れることはなかった。

馨を抱きかかえたまま中に入ると、江戸川先生がいた。
手には見るからに怪しい液体を持っている。
俺たちを見ると、眼鏡をかけ直して椅子から立ち上がった。

「おやあ?ここはラブホテルじゃありませんよ」

何がだ!!
激しくそう突っ込みたい衝動に駆られる。
実際には声も出なかった。
危うく馨を床に落とすところだった。

「そんなに仲睦まじく寄り添ってもベッドは貸しませんよ」
「あ、足ひねったんです!!見ればわかるでしょー!?」
俺の代わりに馨が反論した。声は上ずっている。・・・無理もない。

「ああそうですか、じゃあコレ、湿布と包帯、差し上げます」
「なっ」
「木星が私を呼んでいるのでね、失礼しますよ」

先生は棚から適当に薬を出すと、そそくさと保健室を出て行った。

「私すぐ戻りますから。何かあったら職員室に内線で電話くださいね」
「な、ちょ・・・っ」

養護教諭が保健室を放置してどうするんだ?
しかも肝心の生徒の処置を放棄するとは・・・。

「・・・仕方ない。俺がやる」
「えっ」
「スポーツの怪我の処置なら嫌というほど慣れている」
「そういえば、そうですよね」
「俺じゃ嫌か?」

真っ白いベッドの端に馨を座らせながらそう聞いてみた。

なんでそんなこと聞くんですか?
馨はそう言いたげに、頬を膨らませた。


・・・


保健室特有の、消毒液が部屋中に染みついたようなにおいは懐かしかった。
中学の頃は必然的に通ったからだ。あのころはよくボクシングで怪我をした。
打撲に切り傷、捻挫に脳震盪なんてのもあった。

今はめったにない。成長したということか。
こうして処置する側になることも珍しくはないが、まさか馨を相手にするとは。

馨の足元に片膝をつき、ジャージの裾をめくり上げてそっと足首に触れる。
真っ青に腫れ上がっていた。

「・・・どういう転び方したんだ、おまえは」
「や、気づいたら倒れてて・・・」

薙刀を手にしたときは、あんなに軽やかなフットワークを見せるというのに。
つくづく思う。どこか抜けてる。

手際よく処置を進め、最後に包帯を巻き終わるときだった。
ほんの少し、手がすべって馨の足先に触れた。
と同時に馨は声を漏らした。

「っ、く、くすぐった、くすぐったいですっっ」
「え?」

思いもよらぬ反応に驚いて、さらに拍車をかけるような動きを取ってしまった。
「ちょ、やめ、やめてくださいーっ!」

馨は腹を抱えて震えながらうずくまった。
と思ったら暴れだした。俺には小さい猫が必死に駄々をこねているようにしか見えない。
それでも声の大きさはいつもの倍だった。
相当弱いらしい。

「バカ、騒ぐな!」
「だ、だって、だってー!」

保健室には誰もいないものの、ここは1階だし窓のすぐ外は人通りもある。
廊下にだって生徒が歩いている。
保健室から女子の悲鳴、なんて最悪なことこの上ない。

騒ぐな。今日、このセリフを言うのは2度目だ。
なかなかわかってくれない。
口で言ってもわからないなら、強引に示すしかない。

うっすら涙までうかべた顔を両手で包み込んで、そのまま唇を重ねた。

「――!」

一気に室内が静まり返る。聞こえるのは、外からのかすかな人の声だけ。
ゆっくり顔を離すと、馨の顔は真っ赤に染まっていた。

「さっき言っただろ。騒いだら口をふさぐと」
「・・・」

馨の視線は泳いでいる。
それがかわいくて、なかなか馨の頬から手を離すことができなかった。
まだ顔は近いままだ。

「なんだよ」
「こういう時に、そういう顔するの、やめてください」
「どんなだ?」

馨は答えようと小さく口を開いたが、言わせるつもりはなかった。
今度は深く口づけた。その勢いで、真っ白な、どこか薬臭いベッドに倒れこんだ。

馨は指先で俺の服を引っ張って小さな抵抗を示した。
「――・・・っ、ここ、学校です!」
「ああ」
「ほ、保健室ですよ!?」
「知ってる」
「なら・・・っ」

「そうやって慌てるおまえがかわいいから、つい」

小さく笑って、そっと体を離した。
馨は力が抜けたようで、起き上がれずにいる。

「・・・っずるいです!」
「なにが?」
「ずるいです!そういうの!」
「抽象的すぎるな」


少しからかったつもりだったが、俺の方が危なかった。
せめて窓際のカーテンと、部屋とベッドの仕切りを閉めておけばよかったかもしれない。

いつでもどこでもなにかあったらかけつけて、「おまたせ」と涼しい顔で言ってみたい。

2011/09/12
普段は奥手なくせにこういう時にどんどん攻めてくるなんて、お、恐ろしい男だ・・・!! 恐れ入ったぜ真田先輩・・・。という勝手な妄想です。実際やりそうで怖い(笑)