パーフェクトガール
俺みたいなパンピーの思う「完璧」と、
真田みたいなやつの思う「完璧」には、根本的な違いがあるらしい。
「彼女って、ほんと”完璧”だよなあ」
無意識に、というのが正しい。
教室の窓から身を乗り出して、「完璧」なあの子を眺めながらそうつぶやいていた。
2年生は第1グラウンドで体育の授業中だ。男子は体育館らしく、女子のみの騒ぎ声が3階のこの教室まで届く。
ちなみにうちのクラス、3年C組は只今自習中。もちろん半分くらいのやつが席から離れている。
俺の後ろの席は真田明彦だ。
特別仲がいいわけじゃない。けどまあ、よく話す方だとは思う。
といっても文句言われながら勉強教えてもらったりするくらい?だいたいは俺が後ろを振り向いて話しかける。
真田は自習時恒例のグローブ磨きを止めて、俺の方を見た。独り言、聞こえてたみたいだ。
「ああ、ほら、馨ちゃん。2年生の。知ってんだろ?」
窓の下を指差した。真田は体を動かさずに目線だけを少しずらした。
言われなくてもわかってる、というように。
2年生の槇村馨は有名人だった。学年問わずファンも多い。まあ俺もそのうちの一人だったりするわけだが。
といっても真田みたいにファンクラブがあるわけじゃない。みんな密かに想いを寄せているのだ。
その人数が多い、というだけ。女みたいに訳の分からない団結はしない。そのくせお互いを敵と認識しているんだから恐ろしい。
話をもどそう。彼女はとにかく目立つ。
テスト後に張り出される成績表の最初の名前は必ず彼女だし、今見ていて分かる通り運動神経もいい。
文句なしにかわいいし、スタイルもいい。そういう子に多いのが「計算」だが、彼女にはそれがない気がする。
男受けを狙ってない。そこがいいのだ。女の緻密な「計算」は、周りにばれると一気に株が下がる。そして復活することは二度とない。
異性はおろか同性も離れていく。つまりそれがない彼女はまさに「完璧」だ。
それを真田に説明してみた。まあ、こいつに説いても馬の耳に念仏か。なにしろムカつくくらいモテるくせに彼女ナシ。
寄ってくる女は全員シカトだ。女心を一生かかっても理解できそうにないこんなやつが、どうしてモテるんだ?
俺だったら、つきあってる子には毎日メールしてこまめなプレゼントをして、常に気遣っちゃうけどね。
やっぱコイツの輝かしいステータス目当てなのか?男は見かけじゃない、ハートだろ?・・・あ、これモテない男の言い訳ってやつ?
「あいつのどこが完璧なんだ」
真田は呆れたようにそう言った。
はあ?
これまでにない、というくらいの思いっきり軽蔑した声を出した。何を言い出すかと思えば。おまえにあの子のなにがわかるっての?
俺だってなんにも知らないけどさ、少なくとも女に無関心なお前よりは威張れる立場だと思うがね。
しかし真田はそれにひるむことはなくこう続けた。いつも通り、きっぱりしたしゃべり方で。
前から思ってたけど、こいつ、あの桐条生徒会長と同じ属性だろ。
「まず無自覚にもほどがある。隙だらけで危なっかしい」
俺はとりあえずうなづいた。
「完璧な女ならそもそも外敵を近寄せないだろ」
まあたしかにボクシング部主将からしたら、普通の女の子である馨ちゃんは弱々しく見えるのかもしれないな。
けど、それって欠点か?ふつうじゃないのか?てことは真田は自分と同じくらい強い女の子がタイプ?・・・マジかよ、やっぱ変わってんな。
「思い込みが激しくてそのくせ諦めやすいし、気分に波がありすぎて不安定だしな」
俺は流れでうなづきそうになったが、一瞬考えた末やめた。
だっておかしいだろ、その言い方。まるで、彼女のことをよく知っているかのような・・・。
「ああそっか。同じ寮だもんな」
理由を口にしてみる。納得がいった・・・か?いや、否だ。
合点がいかないうちに真田はこう言った。まるで、自分に言い聞かせるように。
「何より、完璧な女なら完璧な男を選ぶべきだろ」
チャイムが鳴った。――放課後が始まる。
同時に真田はグローブをしまって、鞄を持って立ち上がった。まったく動作に無駄がない。まあ、俺も見慣れたよ。
真田が「どっこいしょ」なんて言いながら立ち上がる姿を想像すると爆笑しかできない。
話の核心を聞き出す前に、真田はさっさと教室を出ていってしまった。
最後のはどういう意味だろうと、考えるまでもない。
・・・馨ちゃん、彼氏、いるんだ・・・。
しかも「完璧じゃないヤツ」が・・・。だったら俺だって可能性あったじゃん。
くそ、接点ないからって遠目で見てるだけじゃやっぱダメか。
どうして真田がそれを知ってるかなんて俺にはどうでもよかった。
だって、馨ちゃんの彼氏が真田だったなんて、夢にも思わなかったから。
2011/10/30
彼氏としての自信をなかなかもてない真田先輩。