憂い
アイギスにとって、真田の存在は何とも言えなかった。
戦力としては申し分ない。それはアイギス自身理解していたし、何よりリーダーが認めている。それはわかりやすい「事実」だ。
しかし問題はそのリーダーなのだ。
「馨さんのそばにいることが一番の大切」で、義務でもある。つまり四六時中そばにいたいくらいなのだ。
しかしそれは叶わなかった。つまり任務不履行にあたる。いいことではない。
それを妨げているのが真田なのだ。別に邪魔をされているわけではない。やんわりとそばにいられなくなるのだ。
気づいたら彼の部屋に行っている。休みの日も自分はそばにいられない。学校でだって、放課後を一緒に過ごすことはできない。
なぜ、馨さんは特に真田さんのそばにいるのでしょうか。
彼女自身に直接聞いてみた。全員が揃うラウンジでのことだったのだが、いけなかっただろうか。アイギスにはわからない。
「なぜ、って・・・」
彼女は答えに詰まっていた。顔が少し赤い。そう、これだ。これなのだ。アイギスが理解できないのは。
彼のことになると心拍数が少し上がり、体温も上昇する。この状態は人間にとっていい効果をもたらすとはとても思えない。そう判断した。
「真田さんのそばにいることは、馨さんにとって有益とは思えません」
ためらいなく事実を、アイギスの思う事実を述べた。
目の前の彼女は、困ったような顔をした。少し、悲しそうだった。それがどうしてだかわからない。
私はあなたにそんな顔はしてほしくない。悲しい顔は悪いこと。近頃、私はあなたが、あなたたちがわからない。
数日後、風花と二人で帰宅する機会があった。
アイギスが感じる空気はいつもと変わらない。
「ねえ、アイギスは、恋ってわかる?」
「恋、ですか」
「うん」
「特定の異性に強く惹かれること、と理解しています」
「そうだね、その通り」
「それが何か?」
「馨ちゃんは恋してるんだよ」
「・・・え?」
「真田先輩に」
「・・・」
「真田先輩も馨ちゃんが好きだから、両思いなの」
「両思い」
「お互いに恋をしあうって、すてきだと思わない?」
すてきだと、思わない?
なにがすてきでなにがすてきじゃないのか。
わからない。”わかることができない。”
・・・
季節は流れた。
今日は、1月28日。運命の日はすぐそこまで来ている。
私の気持ちは変わっていた。考えるようになった。感じるようになった。
そしてやっとわかった。生きることはなんなのか。同時に、恋をすることがすてきだということが。
なら私にはやらなければいけないことがある。
そう思って、早朝にもかかわらず2階の彼の部屋へ訪れた。この時間なら、起きていることを知っていたから。
ドアを2回ノックする。すぐに、誰だ?という返事が聞こえた。その声に寝起きの様子は感じられない。
「アイギスです」
少し間を置いて、ドアは控えめに開かれた。すでに着替えを済ませていた彼が顔をだした。少しだけ、驚いたように。
当然と言えば当然かもしれない。こうして二人で会うのは初めてだ。
「お時間いただけますか?ここで結構です」
「・・・ああ」
「私、以前、馨さんと真田さんが一緒にいるのはよくないことだと言いました」
彼は少し口を開いて何か言いたげだったが、そのまま飲みこんだようだった。声のトーンを変えずに続けた。
「今も変わらず、私の一番の大切は馨さんです。でも馨さんの一番は、あなたです。
馨さんはあなたのそばにいることが一番幸せなんだって、やっとわかりました」
彼の形のいい瞳は見開かれたままだ。小さなリアクションだが、彼にしてはずいぶん驚いているように見える。
「だから――私が馨さんを守れなかったら、あなたにお願いします。馨さんのそばにいてあげてください」
言うべきことは言った。彼の返事を待った。いや、返事なんていらないのかもしれない。
しかし予想外に、その返事はすぐにかえってきた。
「当たり前だ」
いつもと変わらない口調で放たれた一言に、心底安心した。
縁起でもないことを言うな、とか、それはどういう意味だ、とか。余計な心配や弁解は必要ない。それが彼だった。
「ありがとうございます。では、私と真田さんはライバル・・・ええと、恋敵になりますね」
「・・・それは少し違うと思うが」
「順平さんに教えていただいたんですが」
「じゃあ補足だ。――ライバルはいい仲間にもなれる」
そう言って差し出された手を握る。握手というやつですね。
また一つ、知ることができた気がする。
私は彼女を守ることはできても、幸せにすることはできない。
そばにいることはできても、一番にはなれない。
だったら私は何をすればいいのか、その答えはもう出ている。
どうか、私の大切なあの人を幸せにしてほしい。
2011/10/31
後半は永劫コミュMAX後です。