ひととき
「馨、おかわり」
「ママ、おかわりー!」
「お母さん、僕も」
続けざまに目の前に差し出された空っぽの茶碗。
3つ並んで綺麗にサイズが異なっている。
「はーいはい」
端から小さい順にそれを受け取り、手際よくご飯を盛り付ける。
食欲からして3人とも変わらず健康だ。
「ありがとう」
「ありがとー!」
「ありがとね」
いっぱいになった茶碗を再び受け取ると、3人は同時に食べ始めた。
その光景に微笑んでから、馨は炊飯器を開けて中を確認した。
うん、今日もちょうどいい。残ることはないだろう。
護がふと箸を止めて口を開いた。
もちろんすべて飲みこんでからだ。食べながらしゃべると(お母さんに)怒られる。
「お父さん、着替えればいいのに」
言葉通り、目の前に座る父親は、スーツのままだった。
背筋はピンと伸びている。少しでも早く追いつきたい一心で、自分も姿勢を良くする努力をしているのはたとえ両親であっても内緒だ。
ましてやおしゃべりな姉に話したら一巻の終わりだ。それだけは男のプライドが許さない。小学生にだってプライドくらいあるのだ。
「ああ、今日はまだ――」
「お仕事なんだよね」
馨がそれに続く。こういうタイミングを合わせるのは得意だった。
「えー、また行っちゃうの?夜ごはん食べたら寝なきゃだめでしょ?」
そんな母親を見て、結も口を出してきた。結ねーちゃんはお母さんに似てきたよなあ。
もくもくと食べ続けながら、護は静かにそう思う。
「ほんと。パパが結にそう言ったのにねえ」
「ねえ」
「・・・すぐ帰るから」
困ったように、あきらめたように。それでも少しだけ嬉しそうに笑ったその顔は、護がいつも見ている父親の顔だった。
「お父さんいなくても僕がいるから平気だよ」
こういった発言が、周りから見たら強がってるだの生意気だの思われるかもしれないことは、まだわからなかった。
だってそれは本心だ。”あんな”父親を見て育てば嫌でもこうなる。
「・・・ああ、頼りにしてる」
すっと立ち上がって、肩に置かれた大きな手。
護にとってその場所は肝心だった。頭じゃなくて、肩。なんだか対等に扱われている気がする。
それだけ言うと、出て行ってしまった。もちろん、自分の分の食器を手早く片付けてから。
「パパって働きすぎじゃない?」
結が言う。馨はいつものように笑みを浮かべながら、
「そーねえ」
その言葉は同意というより相槌。余計な心配をする必要がないからこそだ。
それは結も護もわかっている。こういう時の母親の気持ちは、自分たちだからこそわかるのだろう。
「平気でしょ。お父さんなら」
「だよねー!パパってちょーえらいもんね」
「かっこいいでしょ?」
「お母さん、それノロケっていうんだよ」
お父さんの「すぐ帰る」は、翌日の夜だってことを、僕は知っていた。
だからこそ、僕がしっかりしなきゃならない。お父さんのいない夜に、二人を守れるのは僕だけなんだから。
そうだな、とりあえず寝る前の戸締りを忘れないようにしよう。それが今の僕に託された役割だ。
「護」というこの名前に恥じないように、っていうくらいカッコつけないと、いつまでたってもお父さんは追い越せない気がするから。
2011/11/06
お姉ちゃんは結(ゆい)、弟は護(まもる)というオリキャラです。