my sweet heart


先輩たちの卒業式の翌日、3月6日は私の誕生日だった。



卒業式が終わり、みんなが記憶を取り戻した。
忘れてはいけない、大切な日々の記憶――。
先輩たちは、明日、明後日には寮を出ていくらしい。 春からは大学生。そして私たちは、3年生。
卒業式の夜は、寮のラウンジで、全員でパーティをした。
高校生のパーティなど、せいぜい持ち寄ったコンビニケーキ、宅配ピザ・・・そんなところなはずなのだが。

「・・・うわー、すっごい・・・」
「ま、マジ?!なんじゃこの量と種類!」
「ケーキまである・・・」

美鶴先輩の手配で、たちまち豪華な立食パーティのようになった。料理もケーキもどれもおいしい。
先輩たちがいなくなるのは、正直さみしい。けれど、ずっと甘えてなんていられない。
乗り越えなければならないものは、山ほどある。

「・・・槇村、ちょっといいか」
飲み物も料理も食べつくし、そろそろお開きの雰囲気。真田先輩が、小さく耳打ちをしてきた。
「この後、ちょっとつきあえ」
「え?」
「ダメか?」
「そんなことないです」

突然だったからびっくりした。それだけ。
ダメなわけ、ないじゃないですか。ありったけの笑顔で、そう付け加えた。

・・・

時刻は夜の12時になろうとしていた。3月と言っても、外は真冬の寒さだ。

「すまないな、寒い中。寮の中だと、あいつらが・・・な」
先輩に連れられて、寮の外までやってきた。まだ息が白い。
「でも私、外好きです。寒くても」
「・・・おまえらしい」
意味もなく、ゆっくりと並んで歩いた。冬の夜は確かに寒い。けれど、この澄み切った空気が好きなのだ。

「・・・馨。渡したいものがあるんだ」
ふと足を止めて、先輩は私の方に向き直った。

こうして
「馨」と呼ばれるたびに、なんだかくすぐったい気持ちになる。二人っきりの時にしか、呼んでくれない。
先輩は上着のポケットから、何かを取り出した。
――きれいにラッピングされた、小さな箱だった。
優しく手を取られて、その箱は私の手のひらに渡された。
先輩の大きな手は、私の手が冷たい分、かすかにあたたかかった。

「開けてみてくれ」

私は
人に贈り物をするのが好きだった。
あげた瞬間の、おどろいたような、嬉しそうな顔を見るのが好きだったから。
料理部でつくったお菓子も、べべと一緒に作った小物も
ほとんどは人のために作っていた。

「・・・!」
しっかりとした作りの箱の中に入っていたのは、ピアスだった。
とても小さい、飾り気のないシンプルなデザイン。それでも暗闇の中、美しく光っていた。

声が出なかった。
「うれしい!」とか、「ありがとう」とか
いろいろ言いたかったんだけど。
いつものように。
かわりに、顔をあげて先輩の言葉を待った。

「・・・誕生日、だろ。明日」
先輩は照れくさそうに、けれどしっかり私を見てくれた。
――誕生日。
正直、忘れていた。年明けから、ニュクスのことで頭がいっぱいで。
普段通りに振舞っていたつもりだったけど、それでもやっぱり不安はつきなかったから。

「それならあのオルゴールの中に、入るだろう?」

毎年、そこに入りそうなものを贈るから。
そう言って、クリスマスにプレゼントしてくれた、かわいいオルゴール。
贈り物をするのは好きだけど
自分がもらうことは、そんなになかった。
だから
クリスマスの時も、今も
嬉しくて、仕方がなかった。
やばい
泣きそう・・・。

「・・・このピアス、たぶんあのオルゴールの中に入れることはないと思います」
「・・・な、なぜだ」
予想外すぎる私の言葉に、先輩は目を見開いた。
「だって・・・ずっとつけっぱなしにしますから」
情けないことに声は震えていた。うれし泣きっていうのは、久しぶりかもしれない。
先輩は困ったように笑いながら、腕時計に目をやった。
「・・・もうすぐ12時だ」

急に秒針の音が大きくなった気がした。本来ならば、これから影時間が始まる。
思えば数か月前のこの時間は、私たちにとっては戦闘の心の準備をする時間だった。

3月6日、ジャスト12時。
もちろん、影時間などやってこない。

「誕生日おめでとう・・・馨」

かわりにやってきたのは、幸せな時間。
きつく――それでもやさしく、抱きしめられた。

「・・・先輩」
「・・・ん?」
「明日には、行っちゃうんですか?」

私の問いに、先輩は腕の力を弱めて私の顔を見つめた。
「なんだ、さみしいのか」
「・・・さみしいです」
「たぶんな、おまえより俺の方がよっぽどさみしい」
「わ、私だってすごくさみしいんですから!」
「わかってないな。俺がどれだけおまえを好きか、知らないだろ」
「!、そ、そんなことは・・・」

「・・・会いに来るよ」
「・・・はい」
「暇な日は学校にも迎えに行くよ」
「えっ」
「なんだ、ダメか?」

「それはたぶん・・・とんでもない騒ぎになりますよ」
「どういう意味だ?」
「ファンクラブが再結成されちゃうと思います・・・」
「それは困る。けど迎えに行く」
「・・・はい。あっ、じゃああたしも先輩のところに・・・」

「――馨」
「はい?」
「たまにはおまえも、名前で呼んでくれ」
「・・・!・・・、あ、あき・・・」
「――アキ?なんだ、シンジと同じ呼び方か。まあおまえが呼びたいならそれで構わないが・・・」
「い、いじわるしないでください!つっかえただけです!」
「知ってる」
「・・・、あ、あきひこ?」
「何だ?馨」

先輩は嬉しそうに、私を抱きしめた。

寮に帰った後、ゆかりにもらっておいた新品のピアッサーで、穴をあけた。
これからも、一緒だ。
その意味が、分かった気がした。モノで繋がる愛も、悪くない。

・・・

翌朝。
真田先輩は朝早く出発する予定だという。それに合わせて、少し早く起きた。
ラウンジには、二人以外誰もいない。朝日が差し込んで、まぶしいくらいだ。
「荷物は運び終わったんですか?」
「ああ。大きいものは前もってな」
大きいもの・・・。サンドバッグやトレーニングマシンが目に浮かんだ。

「さっそくつけてくれたのか」
先輩は私の耳元にそっと手を差し伸べた。ピアスは初めてで、なんだか気恥ずかしい。
アップにしている髪型のせいで、より目立つ。
「・・・どうです?似合ってますか?」
「ああ。よく似合ってる。・・・やっぱりかわいいな」
不意打ちでそういうことを言われるのには、やっぱり慣れない。
さらりとそれをやってのけるのは、たぶん先輩の特技だろう。

束の間の二人きりの時間。タイムリミットは早かった。

・・・

そして、昼過ぎ。
「えぇっ!真田サンもう行ったの?!は、早すぎっしょ!オレ今起きたんだけど!」
順平は一番遅くラウンジに降りてきた。
「ったくあんたはー・・・」
ゆかりの小言もいつもどおり。
「で、でもすごく遠いところに行くわけじゃないし・・・いつでも会えますよ。ね!」
風花のフォローも、いつもどおり。

「さて、全員揃ったところで、私もそろそろ出発するよ」
美鶴先輩は、いつも座っていたソファから立ち上がった。
寮に帰ると、定位置のこのソファで迎えてくれた美鶴先輩。いなくなるなんて、なんだか信じられない。
私は一番はやく起きたので、美鶴先輩の隣に座っていた。・・・一番はやく起きて、真田先輩の見送りをしたから。

「・・・槇村。改めて礼を言うよ。・・・ありがとう」
美鶴先輩は再びソファに浅く座り、私の方に向き直った。
「そんな、私は・・・」
「君がいなかったら多分、私たちはここにいない。離れていても、私たちはずっと仲間だからな」
「・・・はい!」

そんなことを言われたら
ますます別れがつらくなる。

「・・・!」
美鶴先輩は私の顔を見て、なにか気づいたように、眉をひそめた。
すると――
「・・・ど、どうしたんですか?――み、みつるせんぱいっ!?」
どんどん顔が近づいてきて、もう少しで馬乗りにされるところだった。
先輩の目は私の耳元を凝視しているようだ。耳たぶにふれた美鶴先輩の指先はひんやりとしていた。

「えっ、ちょっ?!こ、これってまさかの禁断の」
後ろで順平が変に興奮しているのがわかった。すかさず入れられたゆかりの痛そうなツッコミも・・・。
「これは・・・ダイヤじゃないか」
「えっ」
「とても小さいが・・・たしかにダイヤモンドだ。安くても5万くらいするんじゃないか」
「この・・・ピアスですか?」
「ああ。・・・まったく明彦め、ニクいことをする」

美鶴先輩は小さく笑ってソファに体勢を直した。
「・・・って、なんで真田先輩からもらったって知って――、あ」
――じ、自分で墓穴を掘ってしまった・・・。
「見てればわかるさ。アイツはああ見えてわかりやすいからな。なあ山岸」
「・・・そ、そうだったんですか・・・!?あ、あたし全然・・・
・・・・でも、馨ちゃんと真田先輩・・・うん、すごく、素敵です」
「ま、あたしは知ってたけどー」
「なんでゆかりッチ!?」
「恋話くらいするっつーの」

「・・・・」
「あ、天田くん・・・」
「あ、風花さん。大丈夫です。僕、もっといい男になりますから」

どうやらバレバレだったらしい。
この場に彼がいなくてよかったかもしれない。二人そろっていたら、恥ずかしくて見送りどころじゃない。

「さーってと!風花、そろそろじゃない?」
「あ、うん!・・・馨ちゃん!ちょっとそこに座ってて?」
ゆかりと風花は、待ちわびていたようにキッチンへと走って行った。
「・・・?」
「さ、槇村。ここへ座れ」
「え?え?」
美鶴先輩は立ち上がって、自分の座ってたソファに私を座らせた。
「うっし!天田、いくぜー」
「はい!」
順平と天田君は、そばにあった紙袋からゴソゴソと何かを取り出している。
同時に、ゆかりと風花が戻ってきた。二人が一緒に持っているのは・・・・


「――誕生日おめでと〜!!」

パァン・・・

ホールの手作りケーキ。順平と天田君が、私の両サイドでクラッカーを鳴らした。
「というわけだ。槇村、17歳の誕生日おめでとう」
「・・・」
「馨ッチ、意外と遅生まれなんだよな」
「実は今まであたしたちより年下だったんだよねー」
「ぼ、僕よりは年上です」
「ワフッ・・・」

「あのね・・・このケーキ、私が作ったの」
目の前に置かれたケーキ。苺がたくさん乗った、チョコレートベースのケーキだった。
「風花が?」
「うん。実はね・・・荒垣先輩のお見舞いに行ったときに、作り方を教えてもらったの」
「・・・!」
「先輩、ずいぶん元気になったみたいで、歩けるようにもなったんだよ。
もうすぐ馨ちゃんの誕生日なんだ、って言ったら、自分から、ケーキ作れって言ってくれたの」
「・・・そうだったんだ・・・」
「あ、真ん中にね、カットしたバナナが入ってるの。荒垣先輩が、”アイツはバナナ好きだからな”って」

「昨日もケーキいっぱい食べたけど、これは別腹っしょ。ね?順平」
「プロがつくるのもおいしいけど、女の子の手作りは格別だからな〜」
「おい伊織。おまえは一切れだけだぞ」
「えぇーっ!?」
「残りは槇村の分だ。主役は槇村だろう?」

ゆかりが目の前で切り分けてくれて、みんなでケーキを食べた。
「コロちゃんには、犬専用のケーキ買ってきたんだ」
「あー、今流行ってるっぽいよね」
「ゆかりちゃん知ってたんだ?」
「順平!あんたコレ食べてみれば?」
「オレは犬じゃねーっつの」
「クゥ〜ン・・・」

風花の作ったケーキは、とてもおいしかった。荒垣先輩の細かい指示と、風花自身の頑張りだろう。
ふと、美鶴先輩のケータイが鳴った。電話のようだ。
「もしもし。――ああ。・・・ああ。わかったわかった。そこにいるから代わるぞ。――槇村」
「え?私?」
美鶴先輩はおもむろに私にケータイを渡した。
「・・・はい?」
「・・・・馨?」
「!」
真田先輩だった。
「えーっ、ちょっと何!?まさかの真田先輩?!空気詠み人知らずだなオイ」
「ったくもー、彼女おいて先行っちゃうなんてマジありえないから!」
順平とゆかりは受話器に聞こえるボリュームで野次を飛ばした。
「・・・聞こえてる」
「あ、・・・すみません」
ばつの悪そうな先輩の声。なんとなく私が謝ってしまった。

「いや、いい。事実だしな・・・。すまないな、そっちにいられなくて。オレも山岸お手製のケーキを食べてみたかったんだが」
「ふふ。おいしいですよ」
「そうか。ちゃんと楽しんでるか?」
電話越しに、かすかに微笑む先輩の顔が目に浮かんでくる。
「はい!もちろんです」
「よかったな。俺は夜におまえを独り占めできたから、それでよしとするよ」
「!!」
「落ち着いたら会いに行くからな。――美鶴にかわってくれ」


うららかな春の陽気はまだ先だけど
なんだか、あったかい。

2011/08/12(11/12加筆修正)
彼女の誕生日は公式にはないみたいなので、勝手に設定。 受験勉強×ボクシング×タルタロス(しかもニュクス)×ダイヤを買うためのアルバイト・・・を、 短期間にこなしたであろう真田先輩。まあ先輩なら「よし。いつも通りだ」とやってのけそう。