やっと気づいた。好きだって。



遠回りの答え




「わっ、これかわいい!」

そう言うゆかりの後ろから静かに顔を出した。
ショーケースの中には、小さなピアス。なるほど、ゆかりが好きそうだ。
こうして買い物に付き合っているうちに、ゆかりの好みが把握できた。

「えっ、うそ!高っ」
ああ、うん、高い。高校生にとっては確かに高い。
「あーあ、せっかく運命の出会い、したと思ったのになー」
女子はしばしば気に入ったものを見つけると「運命の出会い」と形容したがる。
ゆかりのその「運命の出会い」、俺は少なくとも5回は聞いた気がするんだけど。
目当てのピアスに背を向けて歩き出すゆかりの隣で、そんなことを言ったら肩をたたかれた。
「そんなにほしいの?」
「んー、かわいかったし。貯金しよーっと」
「へえ」
俺の頭の中で、あのピアス購入計画がゆっくり確実に始動した。


「ゆかり」
「ん?」
「これあげるよ」

1か月後。ゆかりと二人の帰り道、駅を出たところで鞄から取り出したものをゆかりに渡した。
ラッピング済みの、あのピアスだ。借りてた消しゴムを返すようなノリで、できるだけさりげなく。

「わっ、なになに?かわいい!」
包みを開ける前からゆかりは喜んだ。ラッピングだけ見てかわいいって言える女の子が不思議だ。
あけていい?と俺を見上げたゆかりの目はキラキラしていた。こんな顔は、初めて見るかもしれない。
どうぞ、といつもと変わらない表情で言うと、ゆかりは早速リボンに手をかけた。
思えば人に贈り物をするなんて、初めてじゃないか?

「えっ、これ・・・って」
箱を開くと、ゆかりは歩くのをやめた。俺もそれに合わせる。するとゆかりは再び俺を見つめた。
さっきから表情が変わりっぱなしでかわいいな。
「有里くん」
「なに?」
「これ、あたしに?」
「うん」
「・・・えと、・・・ありがとう」
戸惑い動揺8割、喜び2割ってとこだろうか。
ゆかりがいつもつけてる白いピアスも、俺は好きだったけどね。
「ね、これ・・・高かったよね?」
「ああ、うん」
「ほんとにいいの?」
「うん」

そのためにバイトを増やした。それだけのこと。
別に特別なことはしていない。美味いまかないも食べられたし。
ゆかりの「運命の出会い」の再会を手伝えたわけだ。
間違っても俺は「俺にとっての運命の出会いはゆかりだよ」なんて言わない。思ってても言わない。
言おうと思えばさらっと言えるが、それほど空気が読めない男じゃない。
だいいちゆかりは”そういうの”が好きじゃないことくらいわかっていた。一気にドン引きされるのがオチだろう。
でも、真田先輩が本気になったらやりそうだ。真顔で。それが寒くならないのはあの人だけの特権だろう。

「今付け替えてもいいかな?」
「どうぞ。待ってるから」

立ったまま、道の端で。俺はゆかりの荷物を受け取って、新品のピアスをつけるゆかりを見つめていた。
なんだか不思議な気持ちだった。一番近い表現で言えば、嬉しい。そう、嬉しかった。
鏡も見ないでよくつけたり外したりをスムーズにできるよなあ。
多分1年生の時にはもう空けてたんだろうな、ピアスホール。

「・・・どう?」
「似合ってるよ」

素直な感想だった。淡いピンク色のピアスが白い肌に初々しい。
ゆかりはそれを聞くと、照れくさそうに顔を伏せた。
こういう顔とか、こういう女の子らしい仕草。これからも一番そばで見たい。
だったらどうすればいいのか。答えは一つだった。
「俺も空けてみたんだよね」
いつもは髪の毛で隠れている片耳をそっと出した。ゆかりの目は釘付けになった。

「おそろいとか、重い?」

購入したピアスの片方を、俺が拝借していた。まあ髪型的に耳は出ないから人目に触れることは少ないし、
デザイン的にも男がしてもおかしくないとは思うんだけど。これが俺なりの答えだった。

「ゆかりだけなんだ、こういうことしたくなるの」

目の前のゆかりはまだ目を見開いたまま。そんなに俺がピアスしてるのおかしいか?
それともやっぱりおそろいは引いた?それならそれでしょうがない、それがゆかりの答えなんだろう。

「ゆかり、前に言っただろ。俺のこと好きって」

多分勢い余ったんだろうってことは、俺にもわかっていた。
だから俺が何か言う前にゆかりは得意技の「走り去る」を実行したし、次の日もその話題に触れることはなかった。
そのままここまで来てしまった。変わらない関係に変わらない距離。
ゆかりの気持ちを宙ぶらりんにしたままなのは俺のせいだ。
要は自信がなかった。俺らしくない。ただ、それだけ本気だった。自分にこんな一面があるなんて、知らなかった。
「ごめん、返事遅れて」
手を伸ばして、そっとゆかりの耳元に触れた。ピアスの感触が指先に冷たい。

「好きだよ、ゆかり。俺と付き合って」

ゆかりは勢いよくぶつかってきた。その衝撃で、俺が持っていた二人分の鞄は、下に落ちた。
それを拾うことよりも、震えるゆかりを抱きしめる方が先決だった。
思ったよりも細い体に甘いにおい。気持ちがどこにあるかで、接し方はこんなにも変わるものなんだな。

「・・・あたし、わがままだし」
「うん」
「短気だし」
「うん」
「嫉妬深いし」
「ほんとにね」
「弱いとこなんて見られたくないの」
「うん」
「・・・」

「受け止めるよ、俺は」
「・・・」
「ていうか俺しかできないでしょ」
「・・・有里くん」
「一人くらい愚痴言える相棒って必要でしょ」
「ん・・・」
「ほら俺って、たいてい聞き流すから」
「うん」
「バランスいいでしょ」
「うん」

「ゆかりにはいいところもいっぱいあるよ」
「・・・」
「かわいいしさ」
「・・・」
「・・・かわいいし」
「・・・・」
「ほら、やっぱかわいいし」
「ちょっと、あんたあたしのどこを見てんの?!」
「外見って大事でしょ」
「なによそれ!」
「大丈夫、中身もかわいいから」
「・・・逃げたな」
「言いがかりだよ」
「もういい」
「うん。好きだよ」
「・・・わかってる」
「久しぶりだなあ、こんなにしゃべったの」

ねえ、寄り道して帰ろうよ。もう少しだけ二人でいたい。
そう言うゆかりの手を引いて、とりあえず寮とは逆方向へ向かった。




2011/11/12

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