群青色の空


それは俺が真田さんの核心に触れた、最初で最後の出来事だった。


「真田さんて、昔――」

病院の中庭のベンチで、二人並んで座っていた。
差し入れの缶コーヒーを片手に、小さな疑問をそれとなく聞こうとしたときだった。
女の子の声がする。だんだん近づいて来る。顔をあげると、小さな女の子がこちらに向かって走ってきた。
・・・誰だ?・・・あ、転んだ。べしゃ、という音が聞こえる。
すると、隣の真田さんが立ち上がって、その子のもとへ歩いて行った。

「立てるか?」
「・・・ふぇ・・・」
「どこか痛いか?」
「・・・へいき」
「よし。待っててやるから、立て」
「・・・うん!」

女の子は目にたまった涙をぬぐってゆっくり立ち上がった。
結構ちいさい。4歳くらいだろうか。幸い地面は芝生で、けがはしていないようだ。
真田さんはその子が立ち上がるのを、腰をかがめて見守っていた。
「がんばったな。えらいぞ」
「うん!」
女の子の頭を撫でてから、真田さんは慣れた手つきでその子を抱き上げた。
正直に言うが、俺が知っている真田さんとは少し違った。違和感がある。子ども好きなのか・・・?
俺のいぶかしげな視線に気づいたのか、真田さんは不思議そうにこちらを振り返る。

「なんだ?慎」
「え、いや」
すると、女の子と目が合う。その大きな瞳の澄んだ色には見覚えがある。
彼女は微笑んで俺のもとへ走ってきた。
「こんにちは」
「・・・あ、こんにちは」
「さなだゆいです!」
「あ、どうもご丁寧に、神郷慎です・・・って、さ、真田?」

まさか、の可能性、というかほぼ事実を受け止められずにいると、一人の女の人が小走りでこちらにやってきた。
「もう結、だめじゃない!一人で先に行っちゃ」
「だってはやくパパにあいたかったの」

きれいな人だった。映子ねーちゃんとは違う種類のきれいさだ。
俺に気付くと、やわらかく笑ってくれた。さっきの女の子と同じ笑い方だ。
「・・・えと、こちらは」
「ああ。妻と娘だ」
片手には娘さんを抱いて、片手には奥さんの肩を抱いて。真田さんはいつもの表情で当たり前のようにそう言った。
「馨です」
「ゆいです!」

俺は真田さんのことを何も知らなかった。知る必要がない、と言えばそれまでだ。
俺よりも兄貴のことを知ってる人。今なにが起こっているのか誰よりも知っている人。それだけだ。
結婚、してたんですね。むしろ子供までいたんですね。かなりの衝撃だったが、こうしていると違和感はない。
少し離れたところで、二人は遊んでいる。俺と真田さんは再び並んでベンチに座っていた。
差し入れの缶コーヒーはもうカラだ。
「かわいいだろ?」
「あ、はい。結ちゃん、でしたっけ」
「妻も同じくらいかわいいだろ」
「・・え、あ、はい、もちろん」
「・・・俺の自慢なんだ、あの二人は」

それ以上は何も語らなかったし、聞かなかった。
俺も真田さんも、嬉しそうに芝生を走り回る二人を、ただ見ていた。
ちらりと真田さんの顔を見る。この人のこんな穏やかな顔を見たのは、後にも先にもこの1回きりだった。

2011/11/12
トリニティソウル本編中にこういうシーンがあってもおかしくないだろうという妄想です。