甘えんぼ


そりゃあ自分の彼氏がモテるのは嬉しい。
でも私が好きなのは「みんなの真田先輩」じゃなくて「素の真田先輩」なんだよなあ。
どっちもかっこいいから、困る。

「やだ、あの人かっこよくない?」
「えっ、どれ?」
「ほらあ、アレ!」
「わっ、ほんとだ!うっそー、信じらんない」
「高校生っぽいね」
「年下でもぜんぜん許すー」

行く先々で見知らぬ人にまでこうささやかれる当の本人は、全く気にも留めていない。
無視してるのか、聞こえてても頭に入っていないのか。たぶん後者だろうな。
せっかくのデートなのに。しかも遠出なのに。
たまには、と思って選んだ若い人も多い観光地で、なんでこんなこと気にしなくちゃいけないんだろう。

トイレから戻った時だった。一気に眉間にしわがよる。先輩は数人に女の子に囲まれていた。
女子大生のようだ。どの子も小奇麗で、手を抜いていないのがわかる。
会話が聞こえるくらいまで近づいて様子をうかがう。先輩は私が戻ったことに気付いていない。

「あのぉ、写真とってください!」
「――ああ、俺か?」
「はい!」
「わかった」
「キャー!」

私が機嫌を損ねている理由は、先輩が嫌な顔一つせず彼女たちの要望に応えていることでも(たぶん彼は何も考えてない)、
彼女たちが私のいない隙に先輩に気安く声をかけたことでもない。
こんなくだらないことで腹を立てている自分が許せないのだ。こんなひどい顔じゃ、出るに出れない。

「これでいいか」
「ありがとうございますー!」
「あっ、あの、お友達と来てるんですか?」
「え?」
「もしよかったら、あたしたちとこの辺見て周りません?」

前言撤回。人の彼氏に調子乗って手を出すな!!
普段我慢している分、時々こうして嫉妬が爆発する。波が激しい性格だと自分でも思う。不安定だよなあ。
あの女たち全員平手打ちにしてやろうと一歩踏み出した時だった。(こういう極端な行動もできれば直したい)
「すまないが」
言い寄られるのは慣れているのだろう、先輩は群がる彼女たちに微動だにせずこう続けた。
「今日は彼女と来てるんだ。そろそろ戻ってくると思うんだが・・・ああ、いた」

先輩はあたりを見回すと、後方の私の姿を目に留めて、小さく手招きをした。
思わず体がびくつく。いや、別に隠れてたわけじゃありません。
どう考えてもこの空気、行きにくい。ぎこちなく視線をそらしながら先輩の隣に控えた。
すると突然肩を抱かれる。

「かわいいだろ」

何を言うかと思ったら、自分を口説きに来た女に向かって恋人を自慢した。
驚いて彼を見上げると、無駄にマジメなドヤ顔がそこにはあった。
一瞬とも永遠ともとれる沈黙が流れる。彼女たちはお互い目を見合わせた。
「そう・・・ですね」
「あ、あの・・・写真ありがとうございました・・・」
「じゃ、じゃあ・・・」
当然ともいえる結果になった。ドン引きだ。彼女たちはそそくさと立ち去った。
「・・・ぷっ」
彼女たちの背中を見送りながら、我慢できずに笑い声が漏れる。肩が震えて息が苦しくなってきた。
「あはは!先輩、すごいです!」
「なにがだ」
先輩は本気で不思議そうな顔をしている。わけがわからない、と言った感じだ。
ふつう、ああいうかわいい子にナンパされれば、その気はなくても少しくらい嬉しいと思うんだけど、
先輩にはそういうの皆無なんだなあ。ほんと、笑っちゃう。
「・・・しょうがないなあ、今回は許してあげます」
「なっ、なにか怒ってたのか?」
「いーえ?別に」
「それはないだろ。言え」
「やです」
「馨!」
「やですー!そんなに言わせたきゃ捕まえてください」
「逃げるな!」
「きゃー!」
お約束というか、そのあとはあっさり捕まって、そのまま後ろから抱きしめられた。結構本気で逃げたんだけど。
羽交い絞めにされた衝撃で笑い声が漏れて、止まらない。先輩も息を切らせながら、珍しく声を出して笑っていた。
周りに人がいても関係ない。そういうカップルはたくさんいる。

「捕まえた」
「捕まっちゃった」
「・・・まったくすばしっこいやつだ」
「先輩こそ本気ださないでください、大人げない」
「負けるわけにはいかないからな」
「ちぇー」

「で、なんで怒ってたんだ」
「・・・ちょっとやきもちやいだだけです」
「やきもち?」
「二度言わせないでください」
「・・・あ、ああ」
「先輩を好きなのは私だけでいいんです」
「・・・」
「・・・」

「あの、背中熱いです」
「・・・うるさい」
「離してください」
「嫌だ」
「あ、あからさまに照れないでください!」
「いつものことだろ」
「開き直った!」
「俺も誰より馨が好きだ」
「・・・」
「・・・」
「・・・恥ずかしいです」
「知ってる。もっと聞くか?」
「悪趣味!」
「なんとでも言え」

「・・・帰ったら・・・聞かせてください」
「俺の部屋でな」
「ベッドの上での間違いじゃないですか?」
「よくわかったな、さすがだ」
「・・・じゃあ今日は甘えちゃおうかな」
「ああ、大歓迎だ」

私は、こういう真田先輩が好きでたまらない。

2011/11/12
はい、今までで一番笑うところです。ここまでくると私の人間性が激しく疑われますね。お願いなので引かないでください。 見なかったことにしておくというのも手です。特に後半がひどい。勝手に指が動く自動書記です。 先輩のモテスキルは月高女子のみ適用されるイメージを払拭したかっただけです。 屋久島ナンパイベントの汚名返上させてあげたかっただけです。