幸せのかたち


こんな不安も、安心に変わる。



「でね、小田桐くんなんて言ったと思う?ああ、それは気づかなかった、って!」
「ああ」
「千尋ちゃんが珍しく大爆笑したの」
「ああ」
「そしたら榊くんが怒って出てっちゃったの」
「そうか」
「新しく来た先生もね、変な人なんだー。あ、佐伯先生っていうんだけどね」
「そうか(・・・榊に佐伯って響きが似てるな)」
「若くてね、みんなかっこいいって言ってるけど」

途中から待ち合わせた帰り道。
馨は高校生で、俺は大学生だ。その違いは意外と大きい。

俺はいつもと変わらずに、馨の話に耳を傾けていた。
一辺倒の相槌しか打てない俺にも、こんなに楽しそうに話してくれる。
ただ、離れてしまったんだと実感するのもこの時間だった。

当たり前だが、馨の話に出てくる人間を俺は知らない。その逆もしかりだが、
あいにく俺は大学での出来事をいちいち話すような性格じゃない。
特に知らない男の名前が出てくると不本意にも気になってしまう。
いや、知っていても気になるな。・・・小田桐、とか。ああ、心配だ。ものすごく心配だ。
今はもう、同じ敷地内で馨を見守ることはできない。
知らない男のことを、話題の流れの一環で話すときの馨の顔を見てみても、
何の変化もない相変わらずのかわいい笑顔だから、どうすることもできない。

さみしい。そう、少しさみしかった。
こんな気持ちを知ったのも、馨のせいだしおかげでもある。
そんなことを言ったら、多分笑われるな。

「でもね・・・」
馨は急に下を向いた。同時につないだ手にも力が込められる。
「ちょっとさみしい。学校に、・・・明彦がいないの」

同じことを考えていたと、言うべきか、言わざるべきか。
どっちでもないな。沈黙が正解だ。
つないでいた手を引いて、より近くに引き寄せる。肩がぶつかった。
馨は俺を見上げた。俺はそれに答えるように目を合わせる。
そうして何かを確認すると、馨は嬉しそうに笑って前を向き直った。
そして再び歩き出す。

「今日泊まりたい」
「え?」
「・・・だめ?」
「だめなわけあるか」
「えへへ」
「もっとおまえの話も聞きたいし」
「ほんと!?」
「ああ。知りたい」
「じゃあ、新しいバイトの話ね!」
「ああ」
「制服がミニスカでかわいいの!」
「!!」
「ちょっとスースーするけど」
「だ、ダメだ!今すぐ辞めろ」
「えー!?」
「・・・頼むから」


共有できないことはさみしいことじゃない。
自分が経験した分を、話して聞かせればそれはもう共有だ。

そう思えるようになった。
幸せのかたちはひとつじゃない。

2011/11/17