男の料理
馨が俺に料理を教えてくれるようになってから、得意料理といえるものが一つだけできた。
それはチャーハンだ。他のものは・・・まあ、それなりにだ。少なくとも物体Xにはならない。
余計な調味料とか手間とかがいらないのがいい。
一度馨が作るのを見て、何度か自分で作るうちに、コツというものを得た。
えっ、すごい!どうやったらゴハンがパラパラになるの?私でもうまくいかないのに、と馨が認めてくれた。
土曜日の夜。さっそくありあわせの材料で作ることにした。
馨が(半ば無理やり)買ってきたエプロンを身に着けて、フライパンをふるう。
せっかく自炊ができるようになったのに、今度は「チャーハンばかり食べてたらだめ」、とか言われそうだ。
そこはおまえの料理で補うくらい許してくれ。
今日もなかなかの出来だ。と思ったところで、部屋のチャイムが鳴った。
やっと来たか。
インターホンの画面を確認すると、そこには予想通りの姿。
その姿がこうやって俺に確認されていることは全く頭にないようで、
手鏡を取り出すといそいそと前髪と化粧の出来栄えを確認している。きっとバイト終わりのまま来たのだろう。
俺はそれに微笑むと、馨専用のオレンジ色のマグカップを用意してキッチンを後にした。
普段は絶対に飲まないアイスレモンティーが冷蔵庫の中に冷やしてある。
きっと馨はそれを見つけると、嬉しそうに自分のカップに注ぐだろう。
洗面所のコップの中には、いつの間にか歯ブラシが2本立てかけてある。
手ぶらで来ても泊まれるように、最低限の環境は整っていた。
無意識に早足で玄関へと向かう。
ドアに手をかけて、鍵を開けた。扉を開いてお互いに姿を確認して、一瞬目が合う。
俺はその瞬間の、馨の笑顔がいちばん好きだ。手に何やら袋を下げて、律儀にお邪魔しますと入ってくる。
そのうちに「ただいま」と言わせたい。
幸せっていうのは、こういうことなんだな。
2011/11/17
トリニティソウルへの布石。慎君に振舞ったチャーハンにはこんなエピソードがあるんじゃないかなという希望です。