ラブコール


それは思いもよらない対面だった。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

生徒会室に入ると、生徒会の人間ではない男が一人、ペンを片手に座っていた。
目があい、沈黙。5秒と経たずにお互い目をそらした。こうして対面するのは初めてだ。
思ったより目つきが鋭いな・・・。さすがは学生チャンピオンと言ったところか。
それにしても、図々しく会長席に座っている・・・。君は上座と下座の区別もつかないのか?僕より年上のくせに。
それとも僕への挑戦状か?そうか、戦うなら同じ土俵、というわけだな。

「生徒会室は関係者以外立ち入り禁止ですが」
「美鶴の許可をもらってある。部活の活動報告書を書きに来ただけだ」
「・・・」
「・・・」
再びにらみ合い5秒と経たずに目をそらす。僕はわざとらしく小さな溜息をついた。
君が女性を下の名前で呼ぶのは「彼女」だけでいいだろう。それさえも僕への当てつけか?
「美鶴、ね」
「なんだ」
「いえ別に」
「・・・」
「・・・」

ふと僕のポケットから携帯のバイブが鳴り響いた。
今度は5秒たっても目はそらさず、奴をにらみながら携帯を開いた。
なんというベストタイミング、僕は女神など信じないがこの場合の女神は彼女だろう。
「もしもし、槇村君。どうした?」
予想通り、視線の先の男――真田明彦は僕の口にした名前にぴくっと反応した。
ふっ、勝ったな。僕は思わず口角が上がる。おっと、大人げない。慌てて口元を押さえた。
「ん?ああ、まだ会長は来ていないし、少しくらい遅れても構わないよ。だから気を付けてきたまえ。
廊下を走ったりするなよ?君はそそっかしいからな。いや、冗談だ。怒らないでくれ。では待っているよ」

パタン、と携帯を閉じて、再びポケットにしまう。
そして目を合わせる。先ほどまでとは違う、もう勝負はついているのだ。だから君は負けた顔をしなくてはならない。
なのになんだ、その挑発的な目は。やはりあなどれない、真田明彦・・・。
僕の一瞬の予感は的中した。彼はペンを置いて自分の携帯電話を取り出して、2回ボタンを押した。
推測するに、リダイヤルボタンの一番上の番号だろう。2回の操作で電話を掛けるなんてそれくらいしかできない。
僕は見逃さなかった。奴の、勝利を確信したような微笑みを。貴様、まさか・・・!!
「・・・馨。俺だ」
やはりか・・・!なんて、なんて大人げなくかつ負けず嫌いなやつなんだ・・・!!
これじゃあまるで小学生の意地の張り合い!真っ向から勝負を挑んだ僕が阿呆のようじゃないか!!
それともこれは高度な心理戦なのか。僕の今の気持ちを利用してさらに何か裏をかくような戦略を・・・!
先ほどの携帯の操作だってそうだ。リダイヤルの一番上の番号なんて、最も親しい者の可能性が大じゃないか。
僕がそれを推測できるほどの人間だということを知って、わざと悟られるような動きをしたのか。
やはり侮りがたし真田明彦・・・!!
「ん?べつに、声が聞きたかっただけだ。・・・なんだ、照れてるのか。
今日は生徒会だろ?俺も部活だから、終わったら一緒に帰ろう。待ってるから。迎えに行くよ。
それと、今日にするか?おまえが食べたがってたアレ。・・・わかったわかった、約束する。じゃあまた後でな」

彼は何事もなかったように通話を終了すると携帯を閉じた。そして僕を見据える。
フフン。そう聞こえてきそうな厭味ったらしい笑い方だ。なんて性格の悪い男だ。どうしてこんな男を選んだんだ、槇村君・・・!!
くそ、わざとらしく恋人っぷりを見せつけるような会話内容をチョイスしやがって。
次は僕のターンじゃないか。どうする。もう一度彼女に電話をかけるか?いや、それじゃ逆効果だ。
恋人同士ならともかく、生徒会の同士という間柄の僕たちはそう何度も用のない電話をかけるものじゃない。
くそ、奴はこれを狙っていたのか・・・!

「ああ、明彦。報告書は書き終わったか?」

はっと振り向くと、会長が生徒会室へ入ってきた。
真田はそれと同時に立ち上がり、鞄と書類を手に取った。
「ちょうど終わったところだ」
「ご苦労だった。・・・ああそうだ、槇村のことなんだが」
「わかってる」
「今日の会議も時間がかかりそうだ。夜道は物騒だからな、ちゃんと一緒に帰ってくれ」
「寄り道せずにまっすぐ、だろ」
「おいおい、私は君たちの保護者じゃないんだ。責任は自分たちでとれる歳だろ」
慣れたようにアイコンタクトを交わしながら、真田は軽やかに生徒会室を後にした。
な、なんと・・・二人の仲は会長公認だったとは・・・っ!
それに会長の最後のセリフは聞き捨てならないぞ。どう考えても不埒だぞ、その言い回しは。

「どうした小田桐」
「あ・・・いえ」
会長の指摘に、僕は自分の動揺が表に出ていることに気が付いた。
勝負は次回に持ち越し、ということだな。しかし今に見ていろ。
僕の長期戦略は完璧だ。なぜなら3年生には卒業というタイムリミットがあり、その分僕のチャンスも増える!!
弱点を突くのは僕の趣味ではないが、恋愛になりふりなんてかまっていられないことをようやく理解した。
「ど・・・どうした小田桐」
「えっ」
「何を笑っている」
再びの指摘に、僕は自らの完璧な作戦に酔っていることに気が付いた。
おっといけない、油断は最大の敵だ。気を締めてかからねば。

「そうだ、小田桐。今日は私と二人で終日職員室だ」
「えっ」
「顧問と会長と副会長で今度の行事の最終決議だ。定例会議は槇村たちに任せよう」

今日は彼女の顔を見れない。先ほどの電話で浮かれていた僕はなんなんだ。
脳裏に真田の勝ち誇った厭味ったらしい笑顔がよぎった。
きっと二人は暗くなった帰り道、彼が電話口で言っていた「アレ」を食べながら並んで帰るのだろう。アレってなんだ、アレって。
たこやきか。クレープか。それともソフトクリームか。それは重要だ。

なぜなら僕だってその手で誘うことができるから。
見ていろよ、真田明彦。

2011/11/17
裏を読みすぎる小田桐君。真田先輩は単純に意地っ張りなだけです。